第03話 ただの生活魔法程度の威力 〜VS 大狼《ウォーグウルフ》〜


 僕らは寄合の馬車に乗り、移動を始める。

 三日かけて移動し途中からは歩きだ。


 謎の少女は年齢の割にしっかりしており、へこたれず、いつも僕の横でニコニコとしていた。

 肩に届く程度の長さの髪の毛が美しい。



 そんなこんなで、もうすぐ目的の街に差し掛かろうと言うとき——。

 懐かしい景色の街道を歩いていると、その横、草原の方から人影がこっちに向かって走ってきていた。

 見覚えがある。

 僕の少し歳下、十四歳の女の子。アリナだ。



「アリナ?」

「もしかしてリィト? リィト兄さん!! 怖かったよぅ!」



 アリナが、がばっと抱きついてきた。

 彼女は孤児院にいる子供を世話してくれていた女の子だ。

 歳上と言うだけで僕を兄と呼ぶ癖は相変わらずだ。


 しかしアリナの顔は埃で汚れ、服は所々破れただ事じゃない様子に驚く。



「どうした? こんなところを一人で」

「それが、獣に追いかけられていてぇ」



 見ると、彼女がやってきた方向に狼より二回りくらい大きい大狼ウォーグウルフというけものむれが見えた。

 十数匹。こんな昼間にこんな街の近くに、どうして?


 街の方から、カンカンカンと警告の鐘の音が聞こえる。

 誰かが大狼の群に気付いたのだろう。


 このままでは門が閉じられてしまう。

 アリナと謎の少女を連れて街まで走るか?

 街の門はもう見えている。

 

 ふと、謎の少女を見ると、彼女は僕の手を握り「ひのまほう」と言うように口を動かした。



「火の魔法?」



 僕は聞き返す。

 すると、それを聞いたアリナが期待の眼差しを向けてきた。



「リィト兄さん攻撃魔法が使えるようになったの? 【火球ファイアボール】とか、【炎の壁ファイアウォール】とか?」

「え、えーっとね……」



 僕が使えるのは攻撃魔法ではないんだよな。

 

 あ……うん……その……期待させてすまん。

 初級魔法なんだ。

 生活の中でよく使うから生活魔法とも言う。


 僕は心の中で謝り、「火の魔法」を唱えはじめた。



「【発火イグニッション】!」 



 すぐに魔法が発動。かざした僕の指の先に火花がチリチリと散る。

 ああ、我ながらあまりにもショボい。

 これは燃料に火花を散らし火を起こす魔法なのだ。



「えぇぇ……あ……いや、リィト兄さん! 逃げよう!」



 ガッカリするような声を上げ、アリナが僕を引っ張ろうとした。

 うん。しょうがない。

 今のは、僕だって同じように思う。


 しかし。



『【発火イグニッション】の魔法解析…………終了。反則強化グリッチを行いますか?』



 僕の頭の中に少女の声が響く。

 この声が、僕自身の魔法に発動するのは初めてだ。


 今までと違い、やけにはっきりと声が聞き取れる。

 この声はやはりこの謎の少女のものか。

 彼女を見ると、頬を赤らめ期待するように僕を見つめていて、コクリと頷いた。


 僕の答えはいつも同じだ。



「YES!!」

『強化を実行……成功しました。一歩下がりながら再度呪文を唱えてください』



 その時、たいした魔法を発動できないと思ったのか、僕たちを舐めくさった大狼ウォーグウルフの集団が接近していた。

 奴らが牙を剥く。


 獲物を目の前に、その邪悪な目を輝かせている。

 多勢に無勢。だらしなく舌を見せ、ヨダレを垂らしている。

 楽勝で肉にありつけるとでも思っているのだ。


 僕は頭の中に響いた言葉通り、一歩下がり大声で再度呪文を唱える。

 生活魔法は、ほとんど魔力を消費せず、短時間で発動できるのが特長だ。



「うぉぉぉぉっ。【発火イグニッション】ッ!!」



 バチバチバチ……ゴォォォォォオオオオオオオ!!!!!



 指の先から火花が飛び出しそれが広がっていく。

 ビリビリと地面を振動させ、熱せられた空気が風を起こし、周囲の埃を巻き上げる。



「な……なんだこの火力は」



 僕も驚いたが、目の前のウォーグウルフの群は、急な攻撃一つで容易くパニックになった。

 余裕そうだった表情から一変、奴らの足が止まる。

 今だ。僕は確実を期すために呪文を連続して発動する。



「【発火イグニッション】!」

「【発火イグニッション】ッ!」



 バチバチバチ……ゴォォォォォオオオオオオオ!!!!!

 ゴォォォォォオオオオオオオ!!!!!



 僕の指先から放たれた煌めきが増していき、小さな火花が巨大な火の玉に成長し、ウォーグウルフの群を蹴散らしていく。

 まるでなぎ払うように燃やしていく。

 奴らは断末魔の悲鳴を上げる暇も無く、灰になっていく。


 逃げ出したウォーグウルフはいない。

 その結果が全滅だ。



「す、すごい……リィト兄さん……すごいよ」



 そのあまりに壮絶な様子に驚いたのか、アリナが僕に抱きつき、震える声で言った。

 アリナの調子の良さに苦笑いするものの、気分は悪くない。

 危機を脱出できたので緊張の糸がほどけたのだろう。



 それに、僕も驚いている。

 僕が放つ魔法が頭の中の声に影響を受けたのは初めてだ。

 これが反則呪術グリッチ=コードか。


 しかしこの時目にしたのは、まだまだその片鱗に過ぎなかったのだった——。

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