第07話 水(汁)を飲んで 〜VS 傭兵部隊 〜

 先頭の二人の傭兵が僕に向かってくる。



「なあ、魔術師。攻撃魔法は発動までタイムラグがある。この距離なら発動するまでにお前を切れるだろう」

「俺たちは冒険者で言えばB級クラスだ。まあ、ポンコツの放つ魔法なら余裕で耐えられるしな」



 完全に舐め腐った傭兵が二人僕の元に近づいていた。

 相変わらず口はニヤリと歪んでいる。



『【水生成クリエイトウォーター】の魔法解析……終了。反則強化グリッチを行いますか?』

「YES!」

『強化を実行……成功しました。片手を腰に当ててを指さして下さい』

「標的?」



 前回と比べて反則呪術グリッチ=コードの起動が速い。

 これなら最初の魔法に効果を付与できそうだ。

 ただ、本来この魔法には標的の指定など無い。


 頭に響く声に言われたとおり、片手を腰に当てる。

 もう一方の腕を先頭の傭兵に向けると、すぐに僕の指先から水が出てきた。


 すごい量の水が飛び出すとか、水の鋭い勢いで、敵を貫いたりするのだろうか。

 場合によっては命まで奪ってしまうかもしれない。

 いざというときは、水を敵から逃がそう。


 僕はそんな期待を向けたのだけど、しかし——。



 じょろじょろ……。



「えっ?」

「ククッ。なんだ? そのショボい勢いの水は。やはりクズ魔法使いか」



 ワハハハハ、と傭兵達が僕を馬鹿にした声を上げる。


 本来なら、【水生成クリエイトウォーター】はコップほどの量しか生成できない。

 しかし、今回は、コップくらいの水が指先から飛び出した。

 飛び出した水を、アリナが上手にコップにキャッチして溜めている。


 傭兵たちの言う通りだ。

 倍に増えたくらいで、どうにかなるわけがない。


 しかし、だ。生活魔法は連射がたやすい。

 反則強化グリッチはこの程度なら、もっと連射をすればいい。


 僕は奴らに指先を向ける。

 その時——。



「ぐ……グハッ」

「ど、どうした?」



 突然、先頭の傭兵が喉を抑え、膝を付いた。

 両手で喉を押さえ、口から涎を垂らし苦しそうにしている。

 ドン、と剣が床に落ちる重い音がした。



「ぐが——こ……コイツ——。気をつけろ……」



 声も絶え絶えに、今にも死にそうにうめいている。

 よく見ると、顔色が悪く、肌がしわしわになっている。

 腕や足も、体つきも細くなっている。

 急にやつれて見える。


 隣の男も倒れ、首元を抑え倒れた。



「体内から水分を奪った?」



 僕はなんとなく理解した。

 生活魔法【水生成】は周囲の空気から水分だけを集める。


 しかし《グリッチ=コード》の起動によって、指さした対象……傭兵の体から水を集めたのであれば。

 急激に体内の水分を奪われ、具合が悪くなったのだろう。

 もう一度体内の水を奪ったら、あの傭兵は命を落とすかもしれない。



「な……なんだこの魔法は——?  それに起動が速すぎんだろ——」



 一瞬にて発動し、一瞬にて動けなくなるほどの効果。

 激しい苦しみを与える魔法に、傭兵たちはひるんだ。

 僕は後方にいる傭兵の隊長らしき大男に指先を向けた。



「【水生成クリエイトウォーター】!!」



 僕の指先から水が湧きだし、隊長とその周囲の傭兵達が苦しみだし膝を付く。

 相変わらずアリナは僕の指先から滴る水を上手にキャッチしている。


 こんな状況なのに緊張感無いなぁ。



「こ、コイツ——」

「もう一度この魔法を受ければカラカラになって死ぬ。向かってくるのなら、僕はこの人たちを守るためならなんだってやる」

「わ、分かった……だから、やめてくれ……お願いだ」



 よほど苦しかったのか、僕が指先を向けると、隊長はあっさりと降伏したのだった。

 見た目は地味だけど、複数の対象に効果が出るようだし便利に使えそうな魔法だ。


 とはいえ、こんな男たちの体から奪った水を飲むのは微妙に気が引けるなぁ。



「二度とこの人たちに手を出さないと誓えば助ける」

「わ、わかった。誓う。だから水を……」



 クリスタに目配せをすると、怖い物知らずの子供達が、コップを持って傭兵達のもとへ走って行く。

 水を溜めたコップを彼らに渡している。



「た、助かる——」



 水を奪われた傭兵達は水を口に運び、次第に回復していく。

 さすがに、もう僕に逆らう気力は無さそうだ。



傭兵汁ようへいじる、おいしい?」



 この孤児院の一番年少の女の子が、恐れも知らず傭兵のボスに話しかける。

 僕は思わず笑いそうになり口を押さえる。

 傭兵汁ようへいじるって……。



「ああ、ありがとう。俺も国にこれくらいの子がいるんだけど……どうして俺はあんな乱暴なこと」

「そうだな。俺もだ。こんな子達の親代わりの人に——」



 傭兵たちも十分に反省していることだし、さすがもう反抗してくることは無いだろう。

 彼らは子供たちに囲まれ和気藹々とした雰囲気になった。

 クリスタが恐る恐る近づくと、傭兵達は頭を下げた。



「済まない。今まで君を怖がらせて。もうしないから、許してくれ」

「はい。気持ちを改めて頂けたなら、私は嬉しいです」



 クリスタは、次に僕を見つめた。

 彼女が「ありがとう」と口を動かしたのが分かった。

 僕は頷いて応える。



 力があれば、大切な人々を守ることができる。

 この《グリッチ=コード》があれば、少女コードがいればきっと、そこに到達できる。

 そんな気がしたのだった。



 頭の中に、いつもの声が響く。



『敵を戦闘不能にしたことで経験を獲得しました! 能力向上レベルアップにより新たな魔法が使えるようになります——』

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