多利思比孤
「妹子、
宴も終わり、皆が各々の部屋へと帰った頃、薄暗い廊下の中央で河勝が妹子を呼び止めた。妹子は彼を見て眉をしかめたが、「どうも」と軽く礼を述べる。
「で、今どちらに?」
「奥の部屋。四人だけでいいんだよね?」
「貴方も来るんですか? まあいいですけど」
そんな会話をしながら目的の部屋へ行くと、そこには二人の人物が座っていた。そのうち、すらっとした背丈の男が妹子たちを見上げ、「長旅ご苦労さまでした。久しぶりですね」と相好を崩す。
「お気遣い感謝致します。改めまして、大礼・小野妹子帰着致しました」
妹子が恭しく礼をすると、長身の男は満足そうに頷く。彼こそが、今回の使節を派遣した
すると、今度はもう片方の男が眉を下げた。
「疲れただろう。少し座ってはどうだ?」
そちらの男は年増のようだが、身体付きは小柄であった。彼は妹子たちに座るよう促すと、「河勝の言う通り大王以外には我々のことは伝えていないよ」と姿勢を整える。
彼は現在の
馬子は妹子と河勝を座らせると、「何か話があると聞いたんだが」と落ち着いた声で問いかける。
「はい、皇子さまと大臣に相談したき議がございまして」
厩戸と馬子は顔を見合せた。二人は誰にも悟られぬようひっそりとここまでやって来たのだ。そうしてまで相談したいことなど一体何なのだろう。そんな疑問が二人の顔から読み取れた。
しかし妹子は二人のことなど全く興味がなさそうに袖を探ると、一つの書物を手にのせる。そして姿勢を低くしながら両手を掲げ、厩戸に差し出した。
「隋の皇帝陛下より賜った国書にございます。どうか一読いただき、内容を確認して欲しいのです」
厩戸は伸ばした手を止めると不思議そうに妹子を見つめる。
「国書? それなら大王へ謁見する際に······」
「大王にはお渡し致しません」
「なんと?」
厩戸が眉を寄せて妹子を見る。妹子はそっと顔を上げると、「お二人に目を通していただいた後、消しとうございます」とはっきりした声で答えた。
「消す、というのは?」
「無かったことにする、ということです。見ていただければ分かるかと思います」
厩戸はそんな妹子の様子に驚いたようだった。それもそうである。彼が、このように物を言う妹子を見たのは初めてだった。
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