刺客


「どうだった? 倭国の都は」

「んー? とっても可愛かったよ。凄く素直で優しくていい子だった。なんだか嬉しいなぁ、弟ができたみたい。今度お菓子でも持ってってあげようかな」

 宮廷の敷地内にある一つの屋敷。その丸窓の傍で、洛陽らくようがふふふと笑みを漏らした。彼の前には黒塗りのテーブルがあり、優しげなジャスミン茶が置かれている。その香りを揺らすように、洛陽は茶杯を手に取って水面をくるくると踊らせた。

「そういや倭国との国交認めるって言ってたよ、蘇威さん。使者を送ることも決まったって」

「へぇ」

 洛陽の言葉に、向かいに座っていた男が顔をあげる。豊かな黒髪を持っている彼は、かつても洛陽や側近たちと共に居たあの男だ。自らも茶杯にお茶を注ぐと、「その使者は誰になるか決まったのか?」と視線を流す。

「それが面白いんだよ」

 洛陽は待ってましたと言いたげに眦を下げた。

「蘇威さんの所に裴蘊はいうんさんが訪ねてきたらしくてね」

「裴蘊が? 珍しいな」

 裴蘊とは、蘇威たちと共に五貴ごきと称される皇帝の側近だ。あまり人付き合いの良い方ではないが、皇帝の意向を読むことには人一倍長けていた。

「それでね、ほら、主上怒ってたでしょ? 国書の件で。だから倭国へ遣わす使者はあまり位の高くない人がいいって」

「まぁあの様子じゃそうか。わざわざお偉いさんを渡すとは思えん」

「ね。でもさ、側近の人たちは倭国の実情も知りたそうにしてるじゃない? なんせ高句麗の後ろにいるんだし」

 この当時、朝鮮半島の北側に位置していた高句麗という国は隋との関係が悪化していた。倭国はそのさらに東に位置している。ここで倭国と高句麗に手を組まれては、倭国が高句麗の後方支援をすることになり、隋からすると都合が悪いのだ。倭国はどのような外交をするつもりなのか。側近たちはそれを知っておきたかった。

「だからさ、裴蘊さんと裴矩はいくさんがこっそり話し合ってたみたいなんだよ。情報収集のために、同じ裴氏から使者を出すことにしたいって。そしたらその話聞いた蘇威さんもそれでいいんじゃないかって」

「へぇ。裴蘊と裴矩が一緒に提案だなんて珍しい気もするな」

「それだけ有力な子が裴氏にいるんだよ。分家の子なんだけどね。地位は低めだけど生まれ持った才能がある。まだあの時は小さかったけどさ、君も知ってる子だと思うよ」

「俺も知ってる? 誰だ」

 長髪の男は頬杖をついて身を乗り出した。一つに束ねた黒髪が艶やかにテーブルに落ちる。

「ほら、昔いたでしょ?」

 眉を寄せる男を見て洛陽は楽しそうにころころと笑った。


「人の心が読める少年、裴世清はいせいせいくんだよ」

 








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