同じひと


 一行が飛鳥について六日ほどが経った。使者の裴世清も慣れてきたのか、最近は楽しげに街の様子を眺めている。

 そんな中、大和は誰かに声をかけられた。隋の言葉だったので裴世清かと思ったが、振り返ればお付の楊汀洲ヤンテイシュウが微笑んでいる。突然話しかけてきた彼に正直驚いた。前にもこんなことがあったが、確か妹子がやって来て話が途切れたのだ。

「何でしょうか」

「それが、裴世清さまがもう大丈夫だというので暇ができたんです。宜しければ飛鳥を歩いてみたいなと思いまして」

 楊汀洲がにこりと首を傾げる。初めての異国だろうに、やけに落ち着いている。そこに違和感があったものの、彼の不思議な雰囲気には興味があった。「もちろん」と答えて楊汀洲を見上げる。長い黒髪の奥に見える瞳が、どこか神秘的とも言える光を持って細まった気がした。


 外へ出れば、心地よいほどの散歩日和であった。空は高く青く、丸い円を描きながら一羽のとんびが飛んでいる。楊汀洲は長い髪でゆるやかな風を受け止めながら、そんな空の果てを見上げている。

 洛陽や長安に劣ると言えど、飛鳥には飛鳥の良さがある。賑わいの中にものどかな風を感じるのは、人でごった返す隋の都に慣れてしまったからであろうか。

「いい雰囲気ですね」

 楊汀洲が目を細めて呟く。大和は何故か偉大な人に褒められたかのような心地がして、内心飛び跳ねるように喜んだ。

 憧れていた人から認めてもらえた時のような感覚。彼の横にいると、何故か自分が未熟者であるような気になるのだ。

 理由は分からない。しかし、隋の港で顔を合わせたあの時からずっとそうだ。大和は楊汀洲を見るたびに、何故か萎縮してしまう。というのも、何か威厳や凄みがある気がするのだ。しかし、同時に妙な親近感も覚えてしまうから不思議なものである。そのためか、とても普通の人には見えなかった。

 ── 一体何者なのだろう。

 大和は不審がられないように楊汀洲を見上げる。しかし端正な横顔からは、何も読み取ることなど出来なかった。

(考えすぎかなぁ)

 大和がそう思って前に向き直った、······その時であった。

「痛っ!」

 ちょうど斜め前方で声が上がった。そちらを見ると、一人の男性が尻もちをついている。どうやら転んでしまったようだ。

「大丈夫ですか?」

 咄嗟に駆け寄った楊汀洲が手を差し伸べる。男がお礼を言いながら手をとって立ち上がろうとした時、彼は楊汀洲の顔を見つめながら石のように固まってしまった。

 初めは不思議そうにしていた楊汀洲だったが、ふと何かに気づいたように口を開く。

「もしかして大陸の生まれの方ですか?」

 男はぱっと笑みを作った。

「やっぱり! 長安ちょうあんさんですよね! 私は百済で商売をしているのですが、以前隋へ行った際にたまたまお見かけしたことがあるんです! いやぁ嬉しい!」

「長安!?」

 思わず驚きの声を漏らした。その名が出てくるとは夢にも思っていなかった。

 しかしそんな大和をよそに、彼らは隋の言葉で楽しそうに会話を弾ませる。その間、男はまるで家族に会ったかのような、とても温かい顔をしていた。

 しばらくして男と別れると、楊汀洲はくるりとこちらへ振り返った。口を開けたまま固まっている大和を見ると、少し困ったように微笑む。

「聞かれちゃった?」

 今までとは違う、親しげな口調で発せられた温かい顔をしていた。

 しばらくして男と別れると、楊汀洲はくるりとこちらへ振り返った。口を開けたまま固まっている大和を見ると、少し困ったように微笑む。

「聞かれちゃった?」

 今までとは違う、親しげな口調で発せられた言葉に、大和は大きく見開いた目を向ける。

「長安さん、なんですか?」

 恐る恐る問いかけられた質問に、彼はそっと頷いた。最初は驚いたものの、そうと分かった途端、何故か事実を受け止めてしまう自分がいる。今までずっと、彼に対してただ者ではない雰囲気を感じていたからだろうか。

「騙してたみたいで悪かった。改めて自己紹介させてもらおうかな」

 彼が目線を合わせようとしゃがみこむ。黒曜石のような瞳に、大和の顔が映りこんだ。

「俺は隋の都・長安。君とは深い縁になりそうな気がしてね。思わず正体を隠してついてきちゃった」

 形の良い釣り目が細められる。同時に長い黒髪がさらりと揺れた。

「これからよろしく、大和くん」

 柔らかな風に雲が揺れて、飛鳥の都に日の光が差し込む。羽を広げた一羽のとんびが、声高く空に鳴いた。

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