事件
「大和さん」
宮へ戻ると妹子が声をかけてきた。職務でもしていたのか、五位の赤い衣に身を包んでいる。彼はひとけのない場所へ案内すると、「先程まで
「楊殿とどんな話を?」
妹子が切れ長の目を細める。なぜ彼がそんなことを聞くのだろう。些か不気味に思い、ただ飛鳥を案内していたのだと、当たり障りのない返しをした。妹子はふーんと言いたげに腕を組んでいたが、次の瞬間、思いがけない台詞を口にする。
「それで、あの方が同じ
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。何故妹子が知っているのだ。大和とて、つい先程知らされたばかりであったのに。
「言ったでしょう。あなた方はどこか人と違う雰囲気があるんですよ。見極められないほど馬鹿ではありません。それに、あの人隋の宮中で見かけましたよ。冠も被っていなかったので何者かと思いまして」
妹子はいとも簡単に言ってのけた。やはりこの男が怖くなる。全て見透かされているような気持ちになるのだ、彼があまりにも的確なことばかり言うから。
「まあ、別にそんなことはいいんですけど」
妹子はあっさりと話題を変えた。
「一つ相談したいことがありまして」
「相談? また何か企んでるんじゃ」
「いえ、今回は本当に私の不手際です」
妹子の不手際だと? これまで見てきた彼は、あまりにも要領の良い切れ者に見えた。それゆえに、彼と不手際という単語が相反しているようにさえ思えてしまった。どうせまた細かい策略のほんの一部だろう。そう思っていた矢先、告げられた言葉に唖然とした。
「国書が見当たらぬのです」
「え?」
見上げた先の妹子が真剣な瞳で見つめ返してくる。
「それは、······いつから」
「それが分からぬのですよ。とりあえず、隋を出た際には、肌身離さず服の中に入れていたことは確かです」
大和はあっと思った。服の中······といえば、百済を抜ける際に盗賊から上着を奪われたのではなかったか。その時の光景が、馬の蹄の音が、鮮明に頭に蘇った。
そのことを告げれば、妹子は記憶を辿るように視線を流した後、ハッキリとした瞳で大和を見つめる。そして、その可能性が高いと肯定したのち、「致し方ありません」と雨のような声を落とした。
「どうなるか分かりませんが、時に身を委ねましょう」
「ゆ、委ねるってお前」
「止められるんですか? 貴方に」
不可能だろう、と言いたげな瞳が大和の顔を映し出した。
「非は非として認めましょう。その上で、策を練りましょう。駄目ならそこまで」
ぷつりと糸が途絶えたような音がした。降ってきた言葉に余韻などない。何か言葉を返そうともがいているうちに、妹子はさっさと背を向けてしまった。
「大丈夫やんな?」
やっとのことで捻り出す。しかし、妹子から向けられたのは乾いた視線だけだった。
『日のいずる國より』まほろばほろば・第二話 鹿月天 @np_1406
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