秋めき、紅葉美しい山にて。男の前には、従者の広い背があった。そしてその先には、赤い斑の……彦人皇子という、天皇の御子。そして彼の舎人であった赤檮という青年。二人の男が紡ぐ、ただ一瞬の物語。懐かしささえ漂うその文章には、彦人の憂いと優しさが溢れる。蘇我や物部が争った時代、彼は何を見詰めていたのだろうか。定めとは、何がきっかけで揺れ動くかわからない。だからこそ、舎人を思う皇子の命令は、悲しささえも帯びる。確かにそこにいた、歴史を紡ぐ者たちの息吹がここにある。
押坂彦人大兄皇子と聞いて誰の事か分かる方は少ないかと思いますが、今日の皇室はこの皇子の子孫にあたります。 そんな皇子ですが、日本書紀では大した記述が無く、「大兄」であり「太子(ひつぎのみこ)」でありながらも皇位を継承できなかった理由も記されていません。(まぁ推して知るべきですが) 話は物部、蘇我の直接対決前夜にスポットを当てており、題材的にも非常に珍しいかと思います。 歴史の表舞台で活躍した迹見赤檮の影で彦人皇子の暗躍があったのか? そんな想像をさせてくれると思います。
飛鳥時代のある一幕が、鮮やかに書かれています。秋にぴったりの美しい物語だと思いました。「あとがき」もとても丁寧で、本編への理解を深めてくれます。