大和は長く息を吐くと、ヘタレた草木のように肩を撫で下ろす。初めて異国の恐ろしさを知った。初めて人との違いに感謝した。気の抜けた大和はそのまま座り込みそうになるが、先程の側近が近寄ってきたので辛うじて膝をつかずに済んだ。

「大変失礼致しました。国書の件については後日詳しくお返事致します。それと······お怪我の方は大丈夫でしょうか? 」

 初老の彼に声をかけられて、大和はハッと妹子のことを思い出した。勢いよく振り返れば、「ええ、大丈夫です」と苦笑いを浮かべる妹子がいる。切れた首筋に手を添えてはいたが、止血もしていないので、その腕には紅い筋がつらつらと流れていた。

「この方を医務室へ」

「大丈夫です。本当に大丈夫ですから······」

「いえ、こちらとしても面目が立ちません。せめて手当だけでも」

 妹子は迷うように後ろを見る。背後にいた遣隋使の一行は、まだ恐怖の残る顔で妹子のことを心配そうに見つめた。

「我々は大丈夫ですので、怪我の手当を優先してください」

 口を開いたのは福利だった。

「使節たるもの、大使の安全を優先すべきかと」

 妹子は続けて大和に目を移した。親の顔色をうかがう子供のような瞳に、大和はふっと苦笑する。

「手当してもらい。大使が貧血で倒れたら俺らも怒られるで」

 その顔を見てほっとしたらしい。妹子が「じゃあ······」と側近に向き直ると、彼は「案内させます」と言って傍にいた武官を手招きした。

「あ、あの大和さん」

 医務室に連れていかれる寸前、妹子は遠慮がちに振り返った。そして大和を見つめると、少し恥ずかしそうに眉を寄せる。

「その、ありがとうございました。庇ってくださって······」

 大和が目を丸くすると、妹子ははにかんだように笑って広間を出た。その笑みにつられたように大和はそっと頬をかく。

(咄嗟に動いて正解だったかなぁ)

 そんなことを思いながら服を正し、大使のいない遣隋使たちも広間を後にする。その間特に喋ることはなく、皆が促されるがままに宮廷を出た。

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