気配


「ふーん、あれが倭の都ねえ」

 宮廷の二階から使節団を見下ろす影が二つ。そのうち、切れ長な目をした青年が独り言のように呟いた。

「なんだか可愛いね。ちまっとしてる」

 もう一人は、七つほどの見た目しかない大和が気になるらしい。茶色味を帯びた髪を靡かせ、陽気に目を細めてみせる。すると、切れ長の目がその声をとらえて肩をつついた。

「うーん? 何?」

洛陽らくように頼みたいことがあってな」

 洛陽と呼ばれた男は、跳ねた茶髪を揺らして首を傾げた。

「あの使節の相手してほしいんだよ。ここにいる間だけでいいから」

「あー、そういや君は様子見するって言ってたね。裴矩はいくさんから聞いたよ」

 まぁな、と頷くと、黒髪の青年は再び街を見下ろした。しかし、既に倭国の使い達の姿は見えなくなっていた。

「まぁ僕はそれでいいと思うよ。あの人達と話してみたかったから丁度いいし。君は傍からのんびり観察してみたら?」

 暢気な言葉に礼を述べると、黒髪の青年は楽しそうな光を瞳に宿す。

「ところであの怪我をした大使。無害そうな顔してなんか隠し持ってるよな」

「あ、君もそう思った?」

 二人が話題にあげたのは妹子のことだ。今頃、医務室で首の怪我の手当を受けているのだろう。

「主上が剣を突きつけようが振りあげようがあまり気にしてなかったよね、彼。主上には見向きもしてなかったもん。さすがに突き刺されそうになった時は驚いて顔を上げてたけど」

「やっぱりそうか。どうりで目だけが前を向いてると思った。となると、あれは主上ではなく蘇威そい殿を見ていたな」

「ね、僕もそう思う」

 蘇威というのは楊広の側近だ。激高する彼に耳打ちをして怒りを鎮めた初老の男である。

「倭国の連中に関わる時は大使に注意した方がいいかもしれない。毒のある花ほど無害そうな顔をするもんだ」

「はーい、任せてよ」

 楽しげな声音で洛陽が胸を張る。西に傾いた陽の光だけが、二人を赤く照らしていた。

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