五貴


 

 一方その頃、隋の宮殿の片隅には何やら神妙な面持ちをした三人の男が集まっていた。彼らは一つの木簡を読みながら目配せする。そこには倭国の遣隋使についての報告があった。

倭国わこくというとあれですかな。数年前に拝賀を願い出た東の小国」

「ええ。確かそうだったかと」

「しかしながら当時の国書は煩雑で難解。通訳も未熟で謁見を許さなかったような記憶がありますが」

「しかし今回は言葉が通じたそうな。通訳が努力してきたのでしょうな。既に迎賓館に通されているとか」

 二人の男は薄い記憶を絞り出すように言葉を交わしていたが、同時にもう一人の男に顔を向ける。視線を貰った男は「ん?」と首を傾げた。会話をしていた二人は初老だが、質問された彼はまだ若い青年に見えた。

「どう思われます? 何やらあちらの都の化身もいる様子」

 二人の男のうち、ふわりとした髪の持ち主が言った。すると若々しい男は「さぁ?」と切れ長の目を細める。

「俺は政治に口出し出来ないから何とも。ただ、都の化身は気になる」

「左様でございますか」

 青年の答えに、今度はもう一人が微笑む。柔らかな愛嬌のある男だった。

「そのお方も拝賀の場にいらっしゃるそうですよ。今日その話を小耳に挟みました。都の化身を宮殿に連れてくるよう、あちらの大使にお願いしたとか何とか」

「誰が言ってた?」

「使節の接待を命じられた役人です。しかし指示を出したのは洛陽らくようさまとのこと」

「相変わらずだなあいつは」

 洛陽という名に青年は苦笑する。どこか昔馴染みに向けるような顔をしていた。

「しかしせっかくの機会だ。そういうことなら俺は居ないことにしておきたいが······」

「それならご心配には及びませぬ」

 淡い髪を持つ男がそう返したので、青年は「どういうことだ?」と眉を寄せた。

「貴方様ならそう言い出すと思いまして、既に先手は打ってあります。今までの外交でもそうでしたからね。貴方様は居ない設定で進めるよう役人たちや洛陽さまには言ってあります」

「さすが裴矩はいくだな。よく分かってる」

 裴矩と呼ばれた男は紳士的な笑みを浮かべた。薄明かりに照らされる柔い髪が、渋みのある声によく似合っていた。

「いえいえ、貴方様が我々と親しくしてくださるからこそですよ。拝賀に関しては我々にお任せ下さいませ。既に返書に使う紙や筆はこの虞世基ぐせいき殿に任せておりますし······」

 横にいた虞世基が愛嬌のある顔で頷く。こちらもくるりと癖のある髪が笑顔によく似合っていた。くしゃりと丸まった皺が愛らしい。

「助かる。じゃあそっちは任せたぞ」

 青年が微笑むと長い髪がサラリと揺れる。その黒に艷めく夕日を見つめて、裴矩と虞世基は頭を下げた。

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