夏の夜、「わたし」は荷車を押し、山間の道を進む。「たなばたさま」を口ずさみながら、小学生の頃の七夕の出来事を思い出す。短冊にすぐに願い事を書いた双子の姉と、二つの願い事を書いて一方を隠してしまったわたし。満月の下で、ある儀式が始まる……。
一つ一つ丁寧に紡がれた言葉たちが、読者を幻想的な物語の舞台へと誘います。特に「月葬」のシーンは圧巻で、思わず呼吸を止めて読んでしまうくらいの密度です。叶わなかった願い、決して届かない想い。静謐な世界の中で、奇跡のような一瞬が描かれます。
そして、最後にわたしが見出した答えとは……。終始美しい、珠玉の短編小説です。
(カクヨムWeb小説短編賞2021 “短編小説マイスター”特集/文=カクヨム運営)
月葬とはなにか。
葬というからには死者を弔うなにかであろう。
そんなことを思いながら読み始めてみたのだが、とんでもなかった。
この作品はとても美しい日本語で綴られている。
正直、自分の語彙力では読めない漢字も多数出てきた。
しかし、そんなことはもはやどうでも良いのだ。
この作品に触れ、読者は深く深く物語に沈んでゆく。
いや、浮き上がっていくのかもしれない。
一つの愛の形。
個人的にはある種わがままな愛の形に感じた。
しかし、愛の形など人それぞれが持つものなので、歪だとは言うまい。
その愛の形が月明かりに照らされた時、
この物語は息も出来ないほどの美しい情景を浮かび上がらせるのだ。
この作品は小説だからこそ良いのだと思う。
コミカライズよりも、実写よりも、より鮮明に受け手に訴える力がある。
濃密で美しい文章に溺れたい人はぜひ読んでみて下さい。
しんと静まり返った月夜に、主人公はひとり荷車を押して山道をゆきます。
古風な木桶には、まるまった双子の姉の体がおさまっています。
冷たくなった彼女は、主人公の想い人でした。
とても幻想的で、綺麗で、哀しいお話だと思いました。
作者様の他作品同様、この世ならざる風景の描写が凄まじく美しいです。
クライマックスはやはり葬儀のシーンなのですが、その道行きにある「月の光をたっぷり吸って咲いた月見草は花そのものがぼんやりとひかっている。一輪摘めば、きまぐれに雲が月を隠しても帰り道にはこまらないくらいには」のような幻想的な描写もとても好きです。
『月葬』とはなんだろうと興味をひかれ読み進めるうちに、いつの間にか主人公の激しい想いに心を寄せていたことに気付きました。おとなしい彼女の凄まじいほどの愛、その熱。
愛する姉を月葬にすることを決めた「わたし」。なぜ一般的な葬儀ではなく、骨も残さない『月葬』でなくてはならなかったのでしょうか。
ひとが亡くなれば、葬儀を経てその体は失われます。
ですが、故人に向けられていた想いは……?
そのひとがいなくなっても、生きているわたしたちの想いは消えません。
流れつく海を失った奔流は、どこに向かえばよいのでしょうか。
月の葬送を終えて、これから主人公がどのように生きてゆくのか……気になりながらも未だに想像できないでいます。姉に対する情念は、きっと魂のようなものだったと思うから。
彼女の願いは叶ったのでしょうか。
葬る、というタイトルから悲しいお話を連想していました。
けれど実際に読んでみると、この物語は悲しさや硬質な冷たさを残さず、切なさや、そこにあったはずの温度を感じさせます。
モチーフとして使われている短冊にも注目したいです。七夕といえば、天の川、織姫や彦星なんかが連想されますね。『月』というテーマに対して徹底的に一貫しているのだなと思いました。
あと死体が綺麗なんですよねぇ。夢見里さんの作品はどれも丁寧で繊細な筆致で描かれていますが、この作品も例にもれず、本来グロテスクであるはずのものが美しく見えてきてしまう。主人公が姉をどんな風に思っているのか、文章からも伝わってきます。
ひとこと紹介は「終わった後の恋物語」とつけました。読んでいただければ、すぐにわかりますが、この話は悲しいかな、終わってしまった後の話です。もしも間に合っていたら、何か変わったの? そんな虚しい問いかけも、月の美しさの前では溶けて消えてしまうんでしょうね。
あまりに鮮明に景色が浮かぶものですから、月に葬ることが本当にこの世に起こりうることなのだと錯覚してしまいました。私も死の先に送られるならこれが良い、と。
妹の、きっと姉は自分の思いなどに気付いてはいまいという諦観の中に、縋るような祈るような情熱を感じました。
それがとても切ない。
『月に葬る』という題名からわかる通り、これは葬儀のお話です。すべてが終わったあとの話。ですが、いや、だからこそと言うべきでしょう。彼女は愛する人の死の先にあるものを自分の思い通りにしようとしたわけです。
とても美しい、愛の物語。
ただただ風景を映すだけで、物事の真意は語られません。ゆえに私は、読後に思いを馳せました。
月を仰ぎ、彼女の願いが成就したことを願いました。
冴える紺青に緩やかに降り立つ白き光。
美しき《月葬》に読者として立ち会えたことを幸運に思います。