第29話 血戦
全ての歩兵ロボットに攻撃命令を出す。
無論、まだかろうじて武装が使えるロボットも含めて、だ。
怪我人が出るだろう。死者も出るかもしれない。
だがもう、知ったことか。
端末の画面上にはひっきりなしに、様々な情報が映し出されていく。アイカはその大半を捨て置いた。
最早その情報に、興味はない。
(アカネが、こちらに向かってきている。あいつが)
すでに傍受した回線を通して、アカネからメッセージがあった。
『お姉ちゃんが、ひん曲がったあんたの性格、再教育してあげるわ』
これだけだった。
胸が、焼けるように熱くなる。
これまでの全ては、――この対決を実現するために行ったこと、だったのかもしれない。
そもそも、自分はアカネとの組み手で一度だって負けたことはないのだ。
あいつは、戦闘用に改造されたとき欠陥が見つかった、失敗作。
自分には余計な機能はついていないし、その分、戦いに特化している。
「――ッ」
瞬間、アイカの脳裏に、鮮烈なある記憶が思い出された。
時流しの刑。
意識の無いまま、身体を玩具にされる、自分と同じ顔をもつ女の姿が。
アカネは――眠っている間ずっと、生体部品を作り出すための、生きた工場にされていたのだ。
彼女の身体にはつねにあらゆる栄養素がチューブを伝って送り込まれ、再生した血肉は、他の人形たちの心臓となり、目となり、足となり手となり肺となり腸となった。
身体の様々な部分がたえず取り出され、人形たちに無償で提供される。
ぽっかりと空いた眼窩。
からっぽの臓腑。
手も、足もなく、その姿はとても命が宿っているものとは思えなかった。
誰もアカネに同情しない。
この状況を作り出した大罪人に、――大昔の天才科学者をたらしこみ、世界のルールを改変したこの女に、誰が同情などするものか。
同情することこそ、罪なのだ。
無限に続く、罪と罰の螺旋階段。
そんな姉の姿を見て、――アイカはずっと……。
ずっと、何を想っていたか。
「…………………」
身震いをして、その光景を振り払う。
(余計なノイズだ)
屋上に身を隠し、敵の様子を伺う。
遠く、ヤマシギのチーチーという鳴き声が聞こえている。
この辺りは、ずいぶんと静かなものだった。
基地はすでに警戒態勢に入っているが、ほとんどの警備システムは経年劣化で役に立たない。
武器はハンドガン一丁に、片手で扱える軽量なマシンガンを持ってくるのが精一杯だ。弾薬も、十分とは言い難い。
そもそもこういった武器の持ち出し自体、この国ではかなり制限されている。
ハンドガン程度ならともかく、マシンガンを手に入れるのには、かなり無理をした。
この国の大昔の法律の名残だというが、迷惑な話である。
(歩兵ロボットで足止めをして、一気に接近戦で勝負を決める)
ロボットによる援護。
邪魔の入らない環境。
目標は、生け捕り。
条件は、そろっている。
ここに来るまで、多くのことを犠牲にしてきた。
長かった髪をナイフでばっさりと切り落とす。
髪の毛はまた生やせばいい。罪は償えばいい……。
「全部終わらせるには、今しかない」
呪文のように唱えて、アイカはおよそ百年ぶりに、臨戦態勢をとった。
猛る精神に応えるように、歩兵ロボットの一体が侵入者発見の一報。
敵の装備には、金属反応が見られるらしい。
ひょっとするとアカネは、何かの武器を持ってるのかも知れなかった。
(おかしいな。あいつが勝手に持ち出した武器は、全てマクベスが壊したはずだけど……)
とはいえ、敵の大体の位置は知れた。
地図と照らし合わせると、敵位置はどうやら、ここから見える鉄塔の周辺。
すぐさま、アイカは足に思い切り力をこめて、その場でバッタのように飛び上がる。
数メートルの垂直跳び。空中で静止した瞬間、ちらりと、あの赤い髪を見つけた。
「――っ!」
瞬間、アイカは自分の行動を少し後悔した。
実際にこの目で奴を目にした瞬間。
もはやアイカの目には復讐しか映らなくなってしまったのである。
歩兵ロボットに敵の攻撃を命じて、ノート型の端末を素手で壊す。
もう、自分にこれは必要ない。
二人に残された結末は、ただ一つだけ。
やるか。
やられるか。
屋上から飛び降り、一直線に敵へ向かって走り抜ける。
久しぶりに身体を動かすのは気分が良い。
何故、最初からこうしなかったんだろう。
(すぐだ)
(わたしはすぐに、楽になる)
この、ねっとりとした不快感から。
時折襲う、古傷の痛みから。
「殺す」
口に出すと、百分の憎悪が、腹の底から吹き出た。
ずっと我慢していたことから解放されて、いま、アイカは最高に気分が良い。
「殺す、殺す、殺す、殺してやる……っ! 脳漿、地面にぶちまけてぇ、目玉をくりぬいて、鼻をそぎ落としてやる……っ!」
▼
アカネの目撃地点まで到着すると、無惨に壊された歩兵ロボットが一体、転がっていた。
何か剣のようなもので一閃。断面に焼けこげた痕跡。
瞬時に理解する。
恐らく、マクベスが持っていたヒート・ブレードだろう。
(あの役立たずが、敵に塩を送るような真似をしたのか……っ)
だが、一番恐れていたのは、重火器を持たれることだ。
敵が白兵戦をしようというのであれば、まだこちらに分がある。
あたりを見回す。
その辺りには、名も知れぬ雑草に侵食され、見る影もなくなった運動場があった。
少なくとも、敵が遮蔽として使いそうな障害物は、ない。
(と、いうことは――)
アカネは恐らく、鉄塔付近に身を隠している。
アイカはまず、遅れてついてきた歩兵ロボットに命じて、鉄塔の周辺を探索させた。
ここは、我慢比べだ。
やつが飛び出したところを撃つ。
ただ、その狙いは正確でなければならない。
人間なら身体の低い位置を狙って打てばほとんど間違いなく当たる。伏せることはできても、高く飛び上がることなどできないからだ。
だが、人形はそれをする。
判断を誤れば、宙を舞うアカネに斬り殺されるだろう。
あとは、反射神経だけが頼りだ。
奴は間違いなく、こちらの隙をうかがっている。
問題は、もう一つあった。
奴の”個性”だ。
アカネは不完全とは言え、自己再生能力がある。
(ワンマガジン、全ての弾丸を叩き込む)
そういう覚悟が必要だろう。
狙うのは、足だ。
しばらく行動不能にできればいい。回復するのに必要なエネルギーが尽きるまで身体を傷つけてやれば、あとは普通の人形と変わらない。
と。
そこまで思索を巡らせたとき。
歩兵ロボットが二体とも、鉄塔を一周して帰ってきた。
(……? 鉄塔にはひそんでいないのか?)
少し、奇妙だった。
先ほどから注意深く鉄塔を睨みつけていたのだ。
逃げ出す余地など、遮蔽物ないここには存在しない。
(まさか、鉄塔を登った?)
見上げる。
たしかに、鉄塔は蔓で覆われており、隠れる場所はありそうだ。
しかしそれこそ自殺行為。ただの鳩撃ちと変わらない。
「これは……どういう……?」
アカネの行動の意味がわからない。
なんだか気味が悪くなって、後退すべきか迷った。
(……いや。だめだ)
ここで逃げてどうする。攻めているのは依然、自分なのだ。
ここであいつの意図がわからず逃げ出すのは、知恵比べに負けたことを意味する。
きっと自分は、そんな屈辱には耐えられない。
――逃げなさい。こういうときは、一端さがるべきよ。
誰かの声が、聞こえた気がした。
こういうとき、自分をなだめてくれたのは、誰だっけ。
本当に危険なときは、いつだって自分を止めてくれた人は、誰だったか。
頭を振る。
百年。
人の心が変わってしまうには、十分すぎる時間だ。
(忘れてしまった。そんな人のことは)
そうでなければ、孤独に耐えられなかったから。
あの人を犠牲にして、のうのうと生きている――自分に耐えられなかったから。
迷いは、ミスを生んだ。
ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ……。
鉄塔が、轟音と共に、一瞬、大きく見えた。
目の錯覚かと思ったが、違う。
倒れてきている。
こちらに向かって。
反射的に鉄塔の足を見る。
恐らく、あらかじめ何かの細工をしてあったのだろう。
経年劣化によりさび付いたそれは、ヒート・ブレードによって事前に両断されていたのだ。
「しま――ッ!」
咄嗟に、背後へ飛ぶ。
同時に、着地点に向かって真っ直ぐ、赤色の光が閃いた。
まったく。姉らしい奇策だ。
アイカは、気がつけばにやりと笑っている。
だが、こっちだって、予想できなかったわけじゃない。
(私は、あんたの妹なんだぞ)
(お前の考えてることぐらい、大体わかるさ……っ!)
アイカは、アカネに向かって銃弾をぶち込む。
たたたたたん、と、おおよそ何かを殺傷できるとは思えない音が手元からして、空から舞い降りたアカネに三発ほど当たった。
空を駆けるアカネの軌道は少しそれ、アイカの手前で音を立てて落ちる。
ついでに、ヒート・ブレードも地面に転がる。
そのスイッチは、――どうやら入っていなかったらしい。
分子を分解して物体を切り裂くヒート・ブレードは、ただのなまくらの剣に成り下がっている。
(峰打ちのつもり、だったのか)
アイカは鼻を鳴らして、そのことを頭からすぐに追い出した。
歩兵ロボットを確認すると、鉄塔に巻き込まれて、両方とも破壊されている。
「……ちっ」
アイカは口の中で毒づきながら、すぐさま姉の足を撃つ。
「……ぐ、うううう……っ!」
あの、特徴的な声。
百年前と、何も変わらない。
「久しぶりねぇ、アカネ」
「……あんたも、随分久しぶりじゃない。えらく性格がねじ曲がったわねー」
「しゃべるな」
思い切り、アカネの再生しかけている足を踏みつけ、痛めつけた。
今度は声を上げなかったが、アカネの全身から汗が噴き出る。
議論によって、何かを解決させるつもりはない。
そうして、反撃の機会を与えるような真似をさせたくない。
「この、百年間。
お前が時流しで眠っている間、私が、どんな仕打ちを受けたと思ってる。
マッド・ドリーマーズシステムを起動した人形の妹。
人を壊した元凶の片割れとして!
私はお前の罪を肩代わりに、何をされたか……。
目玉を抉って!
鼻を削いで、耳をもいでも!
まだ、足りないくらいだっ!」
絶叫しながら、これまでずっと抱え込んでいた思いを吐き出す。
紅い瞳が、こちらを見上げている。
「――っ!」
たまらなくなって両肘を打ち抜く。
これまでの苦労と屈辱が、頭の中に鮮明に蘇っていた。
思い出すのも汚らわしい、口に出すのも気が引ける。
アイカはずっと、人間以下で、人形以下だった。
大罪人の、同型として。
憎悪は吐き出してはいけない。
怒りは口に出してはいけない。
ただ、怯えた子鹿のように、時間が罪を洗い流すことを望んでいた。
ただ、アカネに対する復讐だけを糧に、他人の何百倍も努力を重ねて。
そうしてようやく、人並みの地位を築くことができたのだ。
アカネは息も絶え絶えだったが、さすがにしぶとい。
そして姉は、――こともあろうに。
このようなことをいった。
「でも、あんた」
その口元には、笑み。
昔は大好きだった、どこか皮肉っぽい表情が浮かんでいて。
「生きてるじゃん」
その言葉に、アイカのこれまでが、一挙に爆発した。
殺す。
今、殺す。
直ちに殺す。
一秒だってこいつと同じ空気を吸っているのが気にくわない。
引き金をひく一瞬前だった。
アイカの腕を、一本の矢が貫いたのは。
一瞬、事態が飲み込めず、呆然とその手を見つめる。
「畜生……」
手に灼熱の痛みが遅れてやってきて、矢の方向を向く。
「ちっくしょう! ふざけんなよ!
気軽に言ってくれやがって! 無茶苦茶気持ち悪かったぞっ!」
そこには、片目に包帯を巻いた男がいた。
たしか、小早川キミタカとか言う、――半端な”人形”。
残った一方の目は、真紅の輝きで、こちらを睨みつけている。
その眼球はアカネと同じ、鮮やかな紅色だった。
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