第25話 出会いの合図
油断しているその、横っ面をぶん殴る。
つまるところ、キミタカが考えついた作戦なんてものは、その程度でしかなかった。
(できるだけ地面を見るようにしながら歩く。物の怪退治の基本だ)
未熟な自分では心許ない。それはわかっていた。
だが、勝算はある。
この百鬼夜行が、青髪の人形の仕業だとしたら、少なくとも奴はキミタカを攻撃することはしないはず。……というか自分は、その価値もないくらいに弱い駒であるはずだ。
どこまで奴がこちらの動きを把握しているかはわからない。
以前、「空の眼」の話を聞いたことがある。
空を超えたその先に、宇宙がある。それくらいはキミタカも知っていたが、そこには“人工衛星”と呼ばれるものが浮遊しており、現代においても、様々な情報を人形達に送っているらしい。これによって、ある程度の情報は奴に筒抜けなのだという。
恐らく裏切りを防ぐ布石として打った言葉なのだろうが、今度はそれを逆に利用してやる。
奴にとってはキミタカなど、指先一つでつぶせる虫のようなものだ。
だが、その虫が益虫か害虫か、まだ判断し切れていないはず。
先ほどから何度か、物の怪がうごめく音を聞いていた。
しかし、奴らがキミタカの目の前に出てこないということは、そういうことなのだろう。
(一つめの綱渡りは、うまくいきそうだ)
草むらが揺れるたび心臓を跳ね上がらせながら、予定していた地点へたどり着く。
そこは、新昭和湖が見える、一本だけ飛び抜けて高い、名物の杉の樹があった。
遮蔽物の少ない水際に生えた、一本の巨木。
そちらに向かって歩くうち、キミタカは我慢が出来なくなって、ふいに駆け出した。
走りながら十字弓を構え、二本ほど発射。
矢は見事に木に刺さり、キミタカは矢を足がかりに、猿のように木に飛びついた。
(木登りなんて、何年ぶりだろう)
とにかく、キミタカは慎重に木の枝に飛び移って、五分ほどでてっぺん近くまで登り切る。
(高さも十分。おあつらえ向きだ)
遠い昔に植樹されたこの巨大な杉の木は、この近辺の生態系にかなりの影響を与えたと聞く。淡路島の南に行くと、こういった巨木が何本も立ち並んでいるらしい。
足場の安定するところまで来て、一息つく。
手頃な枝に背のうを引っかけ、初任給で買った上等な双眼鏡を覗く。
ここは、前に来たとき、個人的にいつか登ってみたいと思っていた場所だったが、まさかこんな風に活用するとは思わなかった。
(この高さなら敵の位置を把握しやすいし、近づかれる前に逃げることもできる。)
双眼鏡で注意深く見ると、物の怪の姿が見える。
やはり尾行されていたらしい。
そいつは、なんだか蜘蛛を巨大化させたような風体の機械で、五十センチほどの六本足をわさわさ動かしている。
どういうタイプの物の怪かは知らないが、少なくとも木登りは苦手そうな形状だ。
物の怪はこちらに気づいているようだが、今のところは接近してくる感じはなく、様子見に徹しているようだ。
(大丈夫。ここまでは予想通り)
今度は空を仰ぎ見る。
今のところ、月には何の変化もない。
――出会いの合図は、……そうね。月を眺めてみて。
なんて言っていたが、本当に何か起こるのだろうか。
今宵も月は、鮮やかな茜色に輝いている。
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