第24話 甘い夢

 夢を、見ていた。

 ひどく懐かしい、――百年前の記憶。

 “最終戦争”の夢だ。


 …………。

 ……………………。

 …………………………………………。


『かーごーめ、かーごーめ♪』


 歌が聞こえている。

 どこか懐かしい匂いのする、廃棄された小学校で。


 度重なる銃撃で蜂の巣になった校舎で、アイカとアカネは、寄り添うように隠れていた。

 学校の備品の机を積み重ねたバリケードを背に、二人はしばらく、無言でいる。


 口火を切ったのは、姉の方だ。


「参ったなぁ。裏切りは人間の専売特許だと思ってたけど……」


 二人はいま、窮地に追い込まれている。

 数時間前までは友軍だったはずの数十体のロボットが、突如として味方に攻撃を始めたのだ。敵国のウイルスに感染していたのだろう。敵と味方を逆に認識しているようだ。


 すでに味方の人形は全滅。残っているのは二人、――赤髪の青髪の姉妹だけ。

 絶体絶命の危機、というやつだ。


『かーごの中のとーりーはー♪』


 歌声は、状況と相反して異様に明るい。

 建物に反響して、四方八方から聞こえている。

 アイカの手は、ぶるぶると震えていた。


「お姉様、わたくし、怖いです……」


 彼女は見たのだ。

 同胞の血で真っ赤に染まった、数体の保育ロボットを。

 もともと笑顔をベースに作られた頭部デザインだったのが、今や土偶のような、無生物的な気味の悪さを発していた。

 彼らは今、笑顔のまま、子どもをあやすための童謡を歌っている。

 本当に、楽しそうに……。


『いーつーいーつー、でーやーるー?』


 自分の頭を、そっとアカネの手が撫でる。

 見ると、ぼろぼろになった服装で、姉は薄く笑っていた。


「私たちの今の格好、見た?」


 首を横に振る。


「数年前には、舞台の上で煌びやかな衣装に包まれてたあたしらが、――今やぼろきれまとって部隊の死神よ。なんだか笑えるね」


 心底おかしそうに、アカネは笑った。

 なんだか姉がそういう風に笑うと、きっと本当に面白いことなのだと思えてくる。


「姉様。わたくしまた、舞台に立ちたい。こんなところで死ぬのは、厭」

「将来のことを考える。素敵な贅沢ね。付き合ってあげよう」


 そこでアイカは、ぽつぽつと語り始めた。


――いくつかの舞台の構想。

――演出もやってみたい。

―― できれば、舞台設営の部分から関わってみたい。

――何もかも自分の手で作った舞台をやってみたい。

――歌って、踊って、観ている人を心底楽しませるような劇がやりたい。


 話していくうちに、口から恐怖が抜け出ていくみたいだった。

 感情が麻痺してきたのかもしれない。

 アカネはアイカの様子を見て取って、もう一度頭に手を乗せる。

 今度はくしゃくしゃと髪の毛をかき混ぜた。


「そんな風に将来について考えてるとさ。いま、あたしらが死ぬなんて、まるでありえないことみたいに思えてこない?」

「……そうですね。そうかもしれません」

「結局、今も昔も、未来のために戦うしかないんだねぇ」


 歌が近づいてくる。

 こちらに気づいたのかもしれない。

 声が大きくなる。子ども達の笑い声さえ聞こえてきそうだ。


 アカネは立ち上がる。

 遅れて、アイカも続いた。


 小銃を抱きしめ、歯を食いしばる。


『夜明けの晩に♪

 鶴と亀が滑った♪』


 アイカは、少しうわずった調子で笑った。


「くふ……ふふふふ」

「? どーしたん?」

「なんだか、それほど大した相手でもない気がしてきましたわ」

「そうかもねー」

「だって、お姉様。連中の歌と言ったら、聴いてられませんわ。全くのアマチュアです」


 アカネは吹き出す。


「言うわねー。……そーね。あんな歌に負けてらんないわよね」

の歌手の手練、思い知らせてやろうじゃありませんこと?」


 二人は笑っている。

 開演の時間が近づいていた。

 ご来場の皆様は、もうしばらくお待ち下さい。


『後ろの正面、だあれ?』


――決まってる。

――わたくしの、お姉様。

――どんなときでも、守ってくださる、お姉様。



 …………………………………………。

 ……………………。

 …………。


 目を覚ます。


 つい、うとうとしていた。


 籠城戦に入ってから、少し気が抜けたのか。

 といっても、ほんの浅い眠りだ。

 何か新しい反応があった場合、すぐに飛び起きれる程度の軽い睡眠。


 とはいえ、少し迂闊だったかも知れない。

 

 一応、端末を操作して、何か変わったことがないか確認する。が、特に何もなかった。


 安心して、少しだらしない感じで大きなあくびをする。


 懐かしい夢を、見た。

 ここ最近ずっと、今日という日に向けて用意をしてきたから、疲れがたまっていたのだ。


――あんな記憶がまだ残っていたとは。


 百年以上の時を生き、わかったことが一つ。

 古い記憶は、大事なものを除いて全て消え失せていくということ。


 だが、本当に大切なことは忘れない。


 例えば、アカネに対する復讐心、とか。

 ろ過された感情は、純粋な怒りとなって今も燃え続けている。


 伸びをして、端末の操作に戻る。

 今できることはほとんどないが、それでも何かしていないと、また眠ってしまう可能性があった。


「…………………」


 娼館に売りつけるのはやめておくか。

 思ったより、クールな思いつきではない気がしてきたから。


 なんだか、気が萎えている。

 もう面倒だから、少し痛めつけたら、さっさと殺して、終わらせてしまおう。


――そうしてようやく、わたくしは新しい人生を始められる。


 そう自分で納得した次の瞬間、画面にちょっとした異変が起きた。


 衛星からのリアルタイム映像から、ちらちらと光るたいまつの群れが、あわじ駐屯地へと列を成して進んでいるのが確認できた。


(……第三十二国民保護隊の主力が戻ってきている……?)


 覚醒しかけた脳が、またぬるま湯の中へと沈んでいく。

 理由は、分からない。

 アカネがうまくコンタクトを取ったか……それとも、あの神園隆史とかいう二等陸尉の勘を侮りすぎていたか。


 ついでに、虫けらが一匹、迷い込んでいるようだった。

 これは大した驚異では無かろうが、念のため、一体だけ歩兵ロボットを尾行させておこう。


 敵がどういうつもりなのかはわからないが、第三十二国民保護隊との交戦は避けられないらしい。


「邪魔、邪魔、邪魔……どいつも、こいつも……」


 まあ、何にせよ、こちらの戦力は歩兵ロボットだけではない。

 秘策は、ある。

 最初から詰んでいる将棋で、残った問題は獲物をどう愉しんで虐めるか。それだけだ。くだらない。

 こいつらは、そんなに死にたいのか。苦しみたいのか。その後に得るものなんて、何もないのに。


 本当に……何ひとつ、ないのに。

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