第17話 やさしい時間

 数日後。

 神園シズの一日は、保護隊員たちのそれより少しだけ早く始まる。


「くあ……」


 少女は、人前では決して見せない大あくびをして、薪をくべた。

 着火剤にマッチを投げ入れると、まだ空が白む前の、当たり一面の黒に、やさしく赤色が灯される。

 火の入った釜戸を横目に、シズは“それ”の蓋を、ぱちりと開く。

 その横には、漢字辞典が並べられていて。


「……よぉし」


 書き取りを始める。

 机の上には、一つの懐中時計が置かれていた。

 鈍く金色に輝く、真鍮の時計トキキザミ。日に一度ネジを巻く必要があるが、半永久的に使い続けることができるお気に入りのものだ。

 隊員の目を覚ます時間はわかっている。


 その時までには、ちゃんとそれを仕舞っておけばよい。


――でも。


 それまでは、シズだけの時間だ。


「今朝は、”さ”行の漢字、覚えてこぉか」


 シズは、この時間が好きだった。


 誰にでもやさしくなれそうな、この時間が。




―――――――

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『この話には後日談があって。

 ある日の会議にて、


「たしかに《人形》は、最初から色んな知識を持って生まれてくるよ?」

「けど、世間一般の常識まで知っているわけじゃないの」

「その辺、ちゃあんと教育受けさせないと、児童虐待に当たるんじゃね?」


 と、アカネが熱弁をふるったのです。

 そのお陰で、来月からシズちゃんは麓の寺子屋に通うことになりました。

 もちろん名目上は『神園隊長の姪御さん』として。


 みんな、シズちゃんが人形だからといって、少し誤解していたんでしょうね。よくあることだと思います。

 人形が、人間以上の存在だと思い込んじゃってる人って。


 この一件について筆を走らせていると、――いつだったか、あなたが俺に言っていた言葉を思い出します。


――“人間”として生きるか。

――“人形”として生きるか。


 俺は結局、前者を選んだ。

 人間のキミタカとして生きることを選んだ。


 今だから俺、美鈴に感謝したい。

 俺の判断を尊重してくれて、本当にありがとう、って。


 ……さて。

 長々と書いてきましたが、とにかくこちらは、元気にやっています。

 また、何かあったら連絡します。

 時節柄、くれぐれもご自愛なさりますよう、お祈りしています。敬具。


 追伸 思うところあって、しばらく手紙を送るのは自重しようと思います。

 よろしく。』



                         二章 了

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