第三章 ヒャッキヤコウ
第18話 いかれた夢を
『前略、お元気ですか。とりあえず、俺は元気です。
手紙を読む限りだと、どうやら新聞を読んだようですね。
さすがに入隊二ヶ月目にして新聞記者のインタビューを受ける羽目になるとは、思いもよりませんでした。
とにかく、あの日は一日で色々なことがありました。まだまだ浅い人生経験の中でも、一番濃い一日だったと思います。細かいところは新聞に書いてあるとおりですが、あれにはアカネのことは書いてませんでしたね。
アカネだけじゃなくて、もう一人の人形、……アイカのことも。
彼女については、俺もよく知りません。
結局あの子に何があったのか、どういう経緯でこんな事件を起こしてしまったのか。細かいところは最後までわかりませんでした。どうせなら、もっと詳しく聞いておきたかった。それができたのはひょっとすると、俺だけだったかも知れないのだから……。
でも、わからないならわからないなりに、それで良かった気もします。
なんでもかんでも詮索して、勝手にわかった気になっても、狂気の理由なんて、その人の中にしかないことだし、本当の意味で理解してあげることなんて、できやしないんだから……。』
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その廃棄された基地は、おおよそ五千平方メートルほどの敷地に作られた、南北に縦長の空間にあった。
山の中でも平坦な場所を選んで作られたからか、長方形というよりは菱形に近い、少し歪な形をしている。
人形がいたのは、その深奥。基地全体を管理する制御室だ。
「くふふふ、ふあははははは……はははは」
その者は静かに、――だがどこか狂気を含ませた調子で、笑っている。
それを見つけたのは、全くの偶然だった。
ただ、人目を忍んで、雨風をしのげる拠点を探したところここに行き当たった。
そして、――見つけたのだ。まるで、運命に導かれるみたいに。
何かの弾みで入った電源が、基地内を明るく照らしている。
基地が、導体プラスティックを使った比較的新しい建物だったのも関係しているだろう。電線は未だ健在で、ほとんどのシステムを利用することができた。
プラスティックは永遠なり、とはよくいったもので。
補助電力であったはずの太陽光発電システムが満タンになっており、それを足がかりにいくつかの自家発電システムを蘇らせる。
復讐計画が急速に現実味を帯びてくるのがわかった。
前回のようなちょっとした嫌がらせではなく。
――本物の復讐計画だ。
北淡路自衛隊基地は、巨人のあくびみたいなうなり声を上げながら、まばゆい光を発する。
――手足をもいで、目玉をくりぬいて、命乞いをさせてやる。
――耳を割いて、鼻を割って、二目と見れない顔にしてやろう。
――そして、生きたまま内臓を引きずり出してやる。
――傷はすぐ塞がるだろう。
――死のうと思っても死ねない身体に生まれたことを後悔させてやる。
――「殺してください」と、何度も懇願させてやる。
口元にはぞっと酷薄な笑み。
妄想を楽しみながら、基地内の設備を確認していると、一つ、面白いものを見つけた。
「そう……いう、こと……」
これほどまでの基地が、ここまで保存状態のよい形で残っているなど、本来ありえないことだ。その理由が、画面に表示されていた。
まあ、いまの自分には関係のないものだが……。
しばらくして、あらかた下準備が揃ってから、今度は思い切り笑った。
誰も見ていないのを良いことに、自分でも訳の分からない言葉を大声で叫びながら。ただ、その意味のない言葉で、「わからせてやる」、「わからせてやる」と言う言葉だけが、かろうじて認識できた。
そうだ。自分はわからせてやるのだ。
この百年分の痛みを。
ひょっとすると自分は、気が触れているのかも知れない。だとしたらいつからだろう?
わかってる。きっと百年前のあの日からだ。
あの日から、自分の時間は止まっているのだ。
だから、結局、何もかもアカネが悪いんだ。そうに違いない。
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