第4話 夜歩き

 その日の夜。

 耐熱プラスティック素材のランプに照らされる自室にて。


「……それで、キミタカくんはどうする? 抱くのか?」


 と、同室の島田一士。

 どうもこの先輩とは、下品な話ばかりしている気がした。


「抱きませんよ」


 キミタカは憮然として言う。


「そもそも人形とそういうこと、できるんですか」


 人間と人形が似ているのは見かけだけだ。中身は根本的に違う。そもそも、連中の身体はらしい、という話も聞いたことがある。


「できるのもいるそうだぞ」

「そうなんですか?」

「ああ。連中がまだ人間の奴隷みたいなモンだった時代には、下の世話していた《人形》もいたらしいぜ」

「……《人形》が、ですか?」

「ああ。セクサロイドっつってな」


 それが、今では立場が逆転しているようなものだから、皮肉な話だ。


「でもそれ、一部の《人形》だけでしょう?」

「かもな。……だが、もしそうでも」


 島田一士は、べろりと舌を出しながら、言う。


「口があるさ」


 キミタカは頭を抱えた。


「ほんともう、勘弁して下さい」

「……まあ。理由はどうあれ、言い出したのはお前だ。先方の機嫌を損ねんようにな」

「なんとか、事情を話してみます」

「そう言うけどな。お前が部屋に入ったとき、すでにやっこさんが素っ裸で準備万端だったら、どう言うつもりだ?」


 確かに、そういうケースは考えていなかった。


「相手に恥をかかせるようじゃあ、男じゃねえからな?」

「その時は……。土下座でも何でも、してみます」


 島田はけらけら笑って、


「爆笑必至の展開を頼むよ」


 やたら嬉しそうだ。


「……楽しんでますね」

「もちろんだ。他人の色情話ほど面白いもの、俺は知らんからな」



 部屋の前で直立不動の姿勢を取りながら、キミタカははきはきと言う。


「小早川キミタカ三等陸士、入ります」


 我ながら妙に畏まった口調で言うと、部屋の中から、うーん、とも、おーう、ともつかない、強いて言えば、うにょーん、とでも言うべき、曖昧な返事が返ってきた。

 思い切って扉を開けると、ベッドに座っているアカネの姿が。


 そこでキミタカは、恐る恐る部屋を見回す。金属類が視界に入ってしまったら、また口から泡を吹くのを我慢しなければならない。

 だが、アカネもそこまで無神経ではなかったらしく、そういったものは見当たらなかった。

 部屋のスペースを埋めているのは、本、本、本。――大量の本の山だ。

 保護隊員は極力私物を少なくすべきという暗黙の了解があるため、少し見慣れぬ光景である。

 その中から、近代史について書かれたものを見つけて、


「最近のこと、調べてるんですか」


 とりあえず何気ない話題から入ってみた。


「まーね。漫画以外の本を読んだのは久しぶり。……でも、やっぱ人形が書いた本は駄目ね。淡泊つーか、なんつーか」


 これはよく聞く話である。

 人間と《人形》のものの考え方は少し違うらしい。

 具体的にどう違うのか、キミタカにはよくわからない。

 ただ、彼らには「新しいものを創造する」という能力が先天的に備わっていないのだという。

 仮に彼らが何かを創りだすことがあっても、それは過去の技術の焼き直しにすぎない。

 実際、この“最終戦争”以降の百年間に産み出されたあらゆる発明は、全て人間の手によって行われている。

 それにしても……、と。

 キミタカは、小さな違和感を覚えていた。


(どうにも、……エロい雰囲気ではない、というか)


 それが《人形》流の作法なのだろうか。

 そう考えていると、アカネはすでに用意していたバックパックを背負う。


「じゃ、そろそろ行くわよ」

「……え。どこか行くんですか」

「もちろん」

「ソリャマタ、ナンデデス?」

「ちょっとした当てがあってねー」

「アテ、トハ?」


 どんどん言葉がぎこちなくなっていくのが、自分でもわかる。


「今から新昭和湖のほうに向かうわ。少し歩くから、覚悟しといて」


(新昭和湖、だって?)


 どういう感じのアレが待ち受けているかよくわからないが、初めての共同作業にいきなり野外というのは少し難易度が高すぎる気がする。


「ちょっと待ってください。自分、初めてなんですが」


(落ち着け。今言うべきは、そんなことじゃないだろう)


「最初こそ、よ」


 恐るべき強引さだった。

 人形というのは、ここまで性的に解放されているものなのだろうか。

 このままだと、まさしく島田一士の思惑通りの展開になってしまう。


「あの……」

「これ。あんたにも見れるように、プリントしといたわ」


 粗雑なテーブルの上に、半ば以上くしゃくしゃになった紙を広げる。地図のようだった。

 新昭和湖の周辺の地図。そこに、いくつかの印がつけられている。


「三日ほど前に、あたしの端末に反応があってね。……“物の怪”が出たの」


 キミタカは首を傾げる。


「ちょ……え。な。なんですって?」


――“物の怪”。

――前時代の遺物。

――国民保護隊の宿敵。


 そんな言葉が、頭の中で浮かんでは消える。


「……それが、どうしたんです?」

「探しに行くの」


 アカネは、少し怖くなるほどに自信満々だ。


「それを探して、どうするんです?」

「もちろん、仕留めるのよ」

「……ええと……?」

「もちろん、手柄は貴方に譲るわ。今朝のお礼にね」

「その、ちょっとマニアックすぎて、自分には……」


 そこでキミタカは、話が致命的なまでに噛み合ってないことに気づく。


「ええと、あれ? ひょっとして」

「ありがたく思いなさい。してほしいんでしょ? ……の手ほどきを」



 正直、――かなりうまく対応できたように思う。

 驚いたそぶりをおくびも見せず、むしろ余裕の笑みを浮かべながら、キミタカはこう言ってのけたのだ。


「それじゃ、お願いします」と。


 まるで、一から十まで、何もかも承知でした、と言わんばかりに。

 内心で日本語の難しさに感謝しながら、キミタカは前を歩く《人形》を追う。

 ふと、この場所には見覚えがあることに気がついた。

 今朝も通った、新昭和湖までの道のりである。


「周囲の評価なんてのは、そりゃもうコロっと変わるもんなのよ。良い方にも、悪い方にも」


 機嫌よく話す《人形》の姿は、どこか新しい玩具を見つけた子供に似ていた。


「ところで、キミタカ」

「はい」

「なんで急に、あたしにそんなことを言う気になったの?」

「え、いや、その。……まあ、なんとなく、ですけど……」

「ふーん。ま、なんにせよ、あんた、人を見る目があるわ」


 しゃべっている間も、アカネは揚げたサツマイモの菓子をムシャムシャと食べている。

 この人形、かなり燃費の悪い身体をしているらしく、ほとんど常に食物を摂取していないと、あっという間に脂肪を燃焼し、今朝のような姿になってしまうらしい。


「その、“物の怪”ってのは、どういった類のものなんです?」

「いや、それがわからんのよ」

「? アカネさんが見つけたんじゃないんですか?」

「見つけたっつっても、端末の金属反応を見ただけだから」

「……大丈夫ですよね?」

「心配しないで。きっとうまくいくわ」


 本来、”物の怪”退治なんてものは、一介の保護隊員、しかも新入りの三士が独断で行って良いものではない。

 それでも、キミタカの足取りは想定外に軽かった。


(もし、この仕事をうまくやってのければ)


 アカネの言うとおり、何かが変わる気がしていたのだ。


「ところでさ。……あんた、実家は何の仕事してんの?」

「うちは本屋です。漫画本を多く取り扱っていて……」

「漫画。……ふーん。いいわね」


 漫画という単語を聞いただけで、アカネの表情が、にへら、と緩んだ。


「漫画、お好きですか」

「まーね」

「自分もです」


 人形たちは一般的に、無類の本好きとされている。


「俺、二十世紀の漫画とか結構読むんですよ」


 少しでも共通の話題があればいいと思って、キミタカは話を続けた。


「へえ。……例えば?」

「『ドラえもん』とか。『鉄腕アトム』とか」


 するとアカネは、これまで見たこともないほど優しい笑みを浮かべる。


「いいわね」


 目的地まで、まだしばらくかかりそうだが。

 思ったより退屈せずに済みそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る