第39話 男爵令嬢スカーレット・バークスの切望
アレンはスカーレットから話を聞きたいと言っていたが、いきなり王太子はじめとする男達に囲まれて問いただされてはスカーレットが萎縮してしまうだろう。エリザベートがそう主張したことにより、まずはエリザベートが一人でスカーレットの話を聞くことになった。
「スカーレット嬢、ちょっとよろしいかしら」
「ビルフォード様。はい、もちろんです」
放課後、教室から出てきたスカーレットを呼び止め、食堂のテラス席に案内した。お茶を飲んだり勉強したりしている生徒がまばらに座っているが、騒がしくはないので会話するのに差し支えないだろう。
「不躾な質問で申し訳ないけれど、エリオットに対して何か不満はないでしょうか?」
「とんでもございません!むしろ私が婚約者を名乗ったりして、エリオット様のご迷惑になっていないかと……」
スカーレットは目を伏せて顔を曇らせた。
「我が家など、男爵家といっても他の貴族家とは交流もなく、エリオット様のお役に立てるようなことは何もありません。お恥ずかしいことですが、私の父は貴族として、父として最低限の義務を果たすだけで、後は世捨て人のような暮らしを送っています。フレイン家に対してもご挨拶にも御礼にも伺わず……」
父の話をする時のスカーレットはすべてを諦めた目をしていた。エリザベートはバークス男爵のことは噂でしか知らないが、娘に一片の愛情も興味も持たない親がいるとは信じがたかった。まだ、家のために道具にするなら貴族としてわからないでもない。だが、バークス男爵は完全にスカーレットを放置していたらしいのだ。
義娘となったミリアがクソ親父と罵り爵位などなくなってしまえと言うぐらい、スカーレットに対する関心の無さが見るに耐えないということだ。
「スカーレット様はフレイン公爵御夫妻には既にお会いしたのですよね?」
「はい。婚約者として、お茶に招いていただきました。公爵御夫妻は男爵家の私などにもお優しく接してくださいました」
「そりゃ、女嫌いだと言い張ってどんな縁談からも逃げ回ってきた息子が連れ帰った婚約者だもの。絶対に逃がすつもりはないでしょう」
エリザベートはふっと微笑んだ。実際、公爵夫妻は泣いて喜んだらしい。「アレンとエリザベートの子供をもらうから結婚はしない」なんて言い張っていた息子は彼らの長年の頭痛の種だったのだから。四代前にフレイン家の娘が王妃になっているのでアレンとエリザベートの子供ならば確かに血の繋がりもあり養子にするのに問題はないのだが、結婚もせずに跡継ぎだけ王家からもらうというのも些か体裁が悪い。それだもの、歓喜もするだろう。
「わたくしもアレン殿下も、貴女はエリオットにお似合いだと思っていますの。正直言いますと、貴女を逃すとエリオットは生涯独り身ですわ。ですから、この婚約を前向きに考えていただけないかしら」
スカーレットが前向きになってくれるのなら、生徒会役員一同全力でエリオットの尻を叩く所存だ。
「それとも、他に想う殿方がいらっしゃるのかしら?」
エリザベートは冗談めかしてそう尋ねた。
だが、その途端、スカーレットが眉を下げてきゅっと目を細めた。
その反応を見て、エリザベートは硬直した。
「あ、いえ、違うのです!そのような殿方はおりません」
エリザベートが固まったのを見て、スカーレットが慌てて否定した。
「そ、そう。では、気になる方はいないのですね」
「はい。……あ、いえ、その」
スカーレットは歯切れ悪く声を漏らして、少しだけ目を逸らした。
「気になるというのとは違いますが、もう一度だけ会いたい男の子はいます」
ふふっ、と微笑んでそう言ったスカーレットに、エリザベートは息を飲んで内心で狼狽してしっまった。
「それは……」
「幼い頃に会った男の子なのですが、どこの誰かもわからないのです。私、その子に酷いことをしてしまったので謝らなければならないのです」
父は家に帰って来もせず、母は病弱で部屋からろくに出てこれず、幼い頃のスカーレットは教育も施されずに放って置かれた。そのため、とうてい貴族令嬢とは呼べない我が儘な乱暴者として使用人達からも持て余され、屋敷の中は居心地の悪い場所でしかなかった。
今の自分が「淑女の鑑」だなどと呼ばれる度、スカーレットは苦笑いを浮かべるしか出来ずにいる。
「私は、エリオット様にはふさわしくありません」
エリオットと同じことを言うスカーレットに、エリザベートは眉根を寄せた。
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