第5話 公爵令嬢エリザベート・ビルフォードの恥辱




 幸い、昨日の中庭には人気がなかったため、スカートめくり脅迫は噂になっておらずエリザベートの名誉は保たれた。

 エリオットは昼休みにスカーレットと話をしようと心に決め、アレンとエリザベートと共に教室へ向かった。


「おはようございます、王太子殿下」

「おはようございます、フレイン様」

「おはようございます」


 廊下を通り過ぎるだけで、頬を赤らめた令嬢達が寄ってくる。女嫌いのエリオットは適当にあしらっているが、アレンは笑顔で優しく対応するので令嬢達はいつまで経っても群がるのをやめない。

 エリザベートも冷めた表情で令嬢達やアレンを諫めることをしないため、王太子と婚約者の不仲は学園中の生徒に知られている。アレンはエリザベートのことを「可愛げがない」「取り澄ましていて冷血」などと公言しているし、エリザベートはそれを聞いても傷つくでもなく「王太子としての務めさえ果たしていただければ構いません」といった態度である。


 側近候補としては卒業までに少しぐらいは仲良くなってほしいものだと思うが、この二人は昔からこうなので今さら関係を改善するなど不可能かもしれないとエリオットは溜め息を吐いた。


 それにしても、今日は随分とアレンにまとわりつく令嬢の数が多い。


(ああ。新入生も混じっているのか)


 学園に入学したばかりで浮かれている令嬢が寄ってきているせいだろう。そう思ってよく見れば、真新しい制服の令嬢が多かった。きゃらきゃらと響く声がやかましい。

 うんざりしながらも、同クラスのアレンを放って行く訳にはいかないため、エリオットもエリザベートと共に令嬢に囲まれるアレンを待った。学園ではもちろん制服着用であるが、令嬢達はこれから夜会にでも行くのかよと尋ねたくなるほど顔と髪をばっちり整えている。何をしに学園に来ているのやら、と呆れて眺めているエリオットの目に、一人の令嬢がアレンを囲む輪から弾き出されたのが見えた。

 勢力争いに負けた女子など珍しくもないため、その令嬢に特に注意を払うことはしなかった。だが、彼女がエリザベートの方へ近寄るのを視界の端に捉えて、エリオットはそちらへ顔を向けた。

 少女がエリザベートの前に立った。そして、おもむろに両の手を伸ばし、エリザベートの胸をわしっと掴んだ。


「……は?」


 あまりのことに、エリオットは思わずぽかんと口を開け間抜けな声を漏らした。


「どうした?エリオッ……」


 エリオットの視線を負ったアレンも絶句する。アレンが硬直したので、令嬢達も何事かと目を向ける。


 視線の中心で、ミリアが眉間に皺を寄せてエリザベートの胸を揉んでいた。


「うーん……お姉様と同じくらい?……いや、お姉様の方が少し大きい……?」

「このたわけぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 目にも留まらぬ早さで廊下を駆け抜けてきたスカーレットが、義妹の横腹に突っ込んでいった。


「げっほげぇほっ……だ、大丈夫ですお姉様!お姉様の方が、二ミリ大きいです!」

「黙りなさい!!貴女は私の言うことが聞けないのですか!?高位貴族の方に無礼を働くことは許さないと言ったはずです!」


 床に倒れたミリアを見下ろして、スカーレットは眉をつり上げて激怒する。淑女の鑑と呼ばれるおしとやかで清楚な令嬢の激しい怒りに、誰も口を挟めない。


 スカーレットは呆然と立ち尽くすエリザベートの足下に身を投げ出し、土下座した。


「申し訳ございません!私の教育が至らぬばかりにっ!」

「お姉様!私は諦めませんわ!お姉様がなんと言おうとも、私は絶対に止めたりしませんからねっ!!」


 ミリアはすっくと立ち上がると、スカーレットに向かってそう言い放ちその場から駆け去った。


「ミリア!待ちなさいっ……本当に申し訳ありません!」


 スカーレットは深々と頭を下げてから、ミリアを追いかけていった。


「な……なんだったんですの?」

「え、エリザベート様!ご無事ですか!?」

「エリザベート様!」


 アレンにまとわりついていた令嬢達が、わーっとエリザベートに駆け寄った。

 呆然としていたエリザベートは、足の力が抜けたのかその場にへたりっと座り込んだ。令嬢達の悲鳴が上がる。


「エリザベート様!おいたわしい!」

「ああ、なんてこと!お気を確かに!」

「わたくしにお掴まりください!医務室へお連れいたします!」


 令嬢達はアレンにまとわりついていた時とは全く違う真剣な声音でエリザベートを助け起こし、彼女を守るように壁となって医務室の方へ歩いていった。



 後にはただ、口を開けた間抜けな表情のままのアレンとエリオットが取り残された。



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