第49話 公爵令息エリオット・フレインの自覚






 エリオットはアレンとエリザベートに洗いざらい話した。自分が森の中で女の子を怪我させたこと、その女の子がスカーレットで、左肩に傷が残っていること、スカーレットはエリオットが当時の男の子だと気づいていないこと。


 すべてを語り終えた時、エリザベートがほうっと息を吐いた。


「スカーレット様が言っていた「謝りたい男の子」が、エリオット様のことだったなんて」

「俄には信じられんな。スカーレット嬢がそんなにやんちゃだったなんて」


 スカーレット本人も「昔の自分は乱暴者だった」と認めているのに、今のスカーレットを知っている身としてはどうしても嘘だと思ってしまう。


「自分がその男の子だと名乗って、互いに謝り合えば済む話なんじゃないのか?」


 アレンはエリオットの肩を叩いて元気づけようとしたが、エリオットは俯いたまま顔を上げなかった。


「女性に傷を負わせたことを気に病んでいらっしゃるの?でも、スカーレット様は恨みに思っているようなご様子ではなかったわ。それに、今は婚約者なのですから、このまま結婚するなら傷は問題にならないのでは?」


 エリザベートもエリオットがそこまで落ち込んでいる理由がわからずに首を傾げた。


「……自分を傷つけた男と、結婚したいわけないだろう」


 自分がスカーレットの立場だったら、カッとなって女の子を突き飛ばして怪我をさせるような男を好きになれる訳がない。エリオットはそう思っていた。


「じゃあ、スカーレット嬢が望めば、お前の方はスカーレット嬢と結婚したいのか?」

「は?」


 アレンの問いに、エリオットは勢いよく顔を上げた。アレンは呆れた顔を隠さずに肩をすくめた。


「スカーレット嬢の気持ちを決めつける前に、自分の気持ちをはっきりさせたらどうだ?」

「俺の……?」

「そうですわ。いい加減に、女嫌いだんて言い訳なさらないで。しっかりとスカーレット様へのお気持ちを自覚なさいませ」


 エリザベートもアレンにそう言い募る。両側からばしばし背中を叩かれて、エリオットは戸惑った。

 自分の、スカーレットへの気持ち。


 最初は、義妹に困らされるか弱い令嬢かと思った。次には見事なタックルと土下座ばかりが印象に残って、でも実は誰にも頼らずに家族や婚約者を守ろうとしていたと知った。

 出来るなら、自分が守りたいと思ったが、女の子を傷つけた過去のある自分にその資格はないと思った。

 そして、その女の子がスカーレットだったと知った。


 エリオットにとってのスカーレットは、特別な相手だ。


 でも、スカーレットにとってエリオットは、ただ困っているときに助けてくれた偽の婚約者に過ぎない。


「どうしたらいいか、わかるだろう?」

「俺は……スカーレットを……」


 エリオットは、目を閉じて菫色の瞳を思い浮かべた。いつからだろう。あの瞳をずっと見ていたいと、いつの間にか思っていた。


 エリオットが顔を上げると、アレンは満足げに笑った。


「覚悟が出来たか」

「……ああ」

「まったく、ようやくポンコツ卒業だな」

「鈍いですわね」


 アレンとエリザベートはやれやれと肩をすくめた。

 エリオットはソファから立ち上がり、二人に礼を言って部屋を後にした。せっかく二人きりのところを邪魔してしまって申し訳なかった。でも、ポンコツ呼ばわりされたのは気に食わないので、帰り際に王太子が婚約者を部屋に連れ込んで淫靡な遊びに耽っていると侍女長に報告しておいた。嘘は言っていない。


「ふう……」


 明日は、スカーレットに告げよう。自分の正直な気持ちを。


 そう決意すると、心が少し軽くなった気がした。





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