第18話 男爵令嬢スカーレット・バークスの覚悟




 グンジャー侯爵邸に到着したスカーレットは玄関でそのまま待たされた。

 立ったまま待ってかなりの時間が経ってから、どたどたと足音がしてグンジャー侯爵が姿を現した。

 スカーレットは礼をとろうとしたが、それより先にグンジャー侯爵がふんっと鼻を鳴らした。


「さんざん手間を掛けさせおって。男爵家ごときが」


 スカーレットはぴくりと肩を揺らした。


「あのテオジール家も、子爵風情がよくも邪魔をしおってっ!身の程を思い知らせてやるわ!―――さあ、とっとと来い!」


 分厚い手で掴まれそうになって、スカーレットは咄嗟に身を引いた。


「あの!」

「なんじゃ?」


 スカーレットはきっ、とグンジャー侯爵を見据えた。


「お約束いただきたいのです!テオジール家とバークス家には、これ以上何一つ手出ししないと!」


 グンジャー侯爵が不快げに顔をひきつらせたが、スカーレットは怯まなかった。自分がここに来たのは、大切な者達を守るためだ。決して、言いなりになりに来たのではない。


「男爵の娘風情が、わしに命令する気か!」

「命令ではありません!お約束をいただかなければ、私はお言葉に従えません!」


 グンジャー侯爵は憎々しげにスカーレットを睨みつけたが、スカーレットは堂々と胸を張って主張した。


「テオジール家とバークス家に一切の手出しをしないと、書面にしてお約束いただきます!でなければ、私は……」

「この、男爵の娘ごときがっ!いい気になるなっ!」


 衝撃と共に視界が揺れた。スカーレットの体が床に叩きつけられ、全身に痛みが走る。頬が熱くなり、やがて激しく痛み出した。殴られたのだと気づいたスカーレットは、ふらつきながらもなんとか床に手を突いて上半身を支えた。


「おいっ!この女を寝室に放り込めっ!」


 グンジャー侯爵の声が頭にガンガンと響く。誰かが手を伸ばしてスカーレットに触れようとしたが、スカーレットは力を振り絞ってそれを振り払った。


「……お約束、していただきます」


 痛む頭をなんとか持ち上げて、スカーレットは繰り返した。

 たとえここで殴り殺されたとしても、これだけは譲らないと決めていた。自分のせいで迷惑を掛けたテオジール家のためにも、ミリアと義母が安心して暮らせるようにするためにも。


「ふざけるなっ!二度と生意気な口を利けないよう躾してやるっ!」


 髪を掴まれて、床を引きずられた。そのまま奥へ連れて行かれそうになって、スカーレットはもがいた。

 髪がぶちぶちと嫌な音を立てて千切れる。それでも、スカーレットは繰り返した。


「約束をっ……」

「黙れっ!!」


 再び拳を振り上げられて、スカーレットは目をつぶった。


 その時、聞こえるはずのない声が響いた。


「お姉様っ!!」


 どかどかと複数の足音がして、髪から手が放され、ふわりとやわらかい何かに抱き締められた。


「お姉様っ!」

「……ミリア?」


 義妹の顔を見て、一瞬ほっとしかけて、それからはっと気づいて顔を強ばらせた。


「だめっ、ミリア、逃げなさいっ……」


 スカーレットはミリアを押し返して逃げるように促した。ミリアまでグンジャー侯爵に暴力を奮われるかもしれないと思うと、スカーレットは恐怖で涙が流れた。


「……グンジャー侯爵、これはどういうことだ?」


 低い声が聞こえた。


 聞き覚えのある声に、スカーレットはそちらへ首を向けた。


 スカーレットとミリアを庇うように立つ、背中が見える。

 金色の、少しだけ癖のあるやわらかそうな髪。


(……フレイン、様?)


 スカーレットは目を瞬かせた。


(何故、ここに……?)


「答えろ、グンジャー侯爵……スカーレット嬢に、何をしていた?」


 エリオットの声にありありと滲む怒りに、辺りの空気が飲み込まれていた。



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