義妹がやらかして申し訳ありません!
荒瀬ヤヒロ
第1話 公爵令息エリオット・フレインの憂鬱
「やれやれ……やっと解放された」
人気のない学園の廊下を歩きながら、エリオット・フレインは一人ごちた。
鮮やかな金の髪と夏の海色の瞳を持つ美貌の公爵令息は、歩きながら自らの腕をごしごしと不快そうに擦る。先程まで、よく知らない令嬢達に引っ張られたりくっつかれたりしていたのだ。なんとか愛想良く耐え抜いたが、エリオットは人に触られるのが―――とりわけ女性が苦手だ。
「あー……やっぱり生徒会辞めようかな」
今日は王立学園の新入生歓迎会だった。広いホールに全校生徒が集まって、生徒会長たる王太子の挨拶の後は立食形式の交流会となった。
新入生も在校生も入り乱れて、令嬢達は見目の良い生徒会役員に群がった。最も群がられたのが生徒会長の王太子と、美貌の公爵令息エリオットだ。生徒会役員として、会場から逃げる訳にもいかず、キンキンした声と甘ったるい香りにまとわりつかれて心底うんざりした。
生徒会辞めたい。でも、「生徒会を辞めたら「生徒会の仕事で忙しいので失礼」っていう逃げ口上が使えなくなるぞ」というクラウスの脅しを思い出すと確かにその通りなので、結局溜め息を吐くしか出来ない。
まとわりつかれるのが嫌なら婚約者を作れと言われるが、王太子は婚約者がいてもまとわりつかれているので、婚約者の存在が果たしてどれくらい抑止力になってくれるかわからない。
肩を落としながら廊下の角を曲がった時、甲高い少女の声が響き渡った。
「だから、王太子を仕留めるのよっ!!」
(……なんだって?)
聞き捨てならない台詞に、エリオットは足を止めて声のした方へ顔を向けた。
既に時刻は夜になっており、生徒の大半は帰宅したはずだった。だが、明かりのない暗い空き教室に、月明かりに照らされた人影が二つあった。
目に涙を溜めてぎゅっと唇を引き結んでいる、黒髪をツインテールにした愛らしい見た目の少女。
亜麻色の髪をゆったり背中に垂らし、軽く腕を組んで目を伏せる美しい少女。
亜麻色の髪の美しい少女は知っている。二年生のスカーレット・バークス男爵令嬢だ。
高位貴族でも適わぬほどの教養と知性を持った美貌の令嬢と評判で、その気品ある立ち居振る舞いは淑女の鑑とすら言われている。
とすると、もう一人の少女は彼女の義妹に違いない。今年の新入生にバークス男爵令嬢の名前があったはずだ。
立ち聞きは良くないと思いつつも、つい興味を引かれてしまってエリオットは教室の様子を窺った。
それというのも、バークス男爵は正妻が亡くなった途端に愛人とその連れ子を家に引き入れ、正当な嫡子であるスカーレット嬢がないがしろにされていると噂が流れていたからだ。
なんでも、義妹はスカーレット嬢の婚約者にも言い寄っているらしい。
噂に興味はなかったが、空き教室で対峙している姿を見るに、どうやら義姉妹の確執は本当のようだ。
「お姉様はどうしてそうなのよ!?」
「ミリア……どこで誰が聞いているかわからないのよ?王太子殿下に対する不敬はやめなさい」
なにやら憤るミリアに、スカーレットは沈鬱な表情で小さく溜め息を吐いている。
(仕留めるって……不敬どころか下手したら暗殺未遂だが……)
しかし、男爵家の庶子に王太子を手に掛ける理由などないはずだ。
「お姉様は何もせずに見ていればいいのよ!ただ、私が殿下に近寄るのを邪魔しないでちょうだい!」
ミリアが喚く。
(ははあ……暗殺じゃなくて、アレンを籠絡するつもりか)
ミリアの目的がわかって、エリオットはニヤリと口角を上げた。
「ミリア。私達は男爵家よ?高位貴族の方々にみだりに近づいてはならないわ。まして王太子殿下など、口をきくのも畏れ多いのよ。第一、王太子殿下には婚約者様がいらっしゃるわ」
義妹の非常識をたしなめるスカーレットは流石に常識をわきまえているようだ。
だが、ミリアはスカーレットの言葉を鼻で笑い飛ばして身を翻した。
「婚約者が何よ!私はそれくらいで諦めないんだからっ!」
ミリアが教室から走り出てきたので、エリオットは咄嗟に柱の陰に隠れた。
「待ちなさい!ミリア!」
スカーレットが後を追いかけていく。
二人の足音が遠ざかるのを待って、エリオットは「……ふん」と鼻を鳴らして笑みを浮かべた。
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