第21話 公爵令息エリオット・フレインの思案




 思いがけず、婚約者が出来てしまった。

 エリオット・フレインは女嫌いだ。結婚するつもりも、婚約者を作るつもりもなかった。

 だが、周囲はこの婚約に大賛成で、実にするすると陛下から婚約許可証をいただけてしまった。男爵家では公爵家に嫁ぐに身分が足りないという問題も、スカーレットの境遇に涙した王妃の後押しと完璧な淑女と呼ばれるスカーレットの評判の高さによって乗り越えられてしまった。


 公爵令息と男爵令嬢の身分を越えた純愛〜悪逆非道な好色侯爵の妨害を添えて〜は、国中に「ロマンス小説のような大恋愛」としてあっという間に広まってしまった。

 エリオットの婚約者の座を狙っていた令嬢達はスカーレットの存在を面白く思わないのではないかと思いきや、おぞましい目に遭ったスカーレットに同情する声の方が大きかった。


 という訳で、エリオット・フレインの婚約は本人以外からは諸手を上げて賛成され祝福されたのである。


「婚約者って、何をすればいいんだ……?」


 いつもの生徒会室で、エリオットは真剣な表情で呟いた。

 他の面々は呆れてエリオットの顔を見やった。


「お前、何年私の側近候補をやっているんだ」


 アレンが溜め息を吐いて言った。


「月に一度の茶会、記念日には贈り物、舞踏会や夜会ではドレスかアクセサリーを贈りエスコートする。それぐらいわかるだろう?」


 確かに、茶会の度に愚痴を聞いたり贈り物やドレスを選ぶ際に付き合わされたりしていたから、やるべきことはわかるのだが、それを自分がやると思うとなんだか現実感がないのだ。


「お前達も、そういうことやっているのか?」

「当たり前だろう」

「ガイも?」

「俺をなんだと思ってんだ」


 クラウスとガイもきっちりと婚約者の務めを果たしていると知り、エリオットは衝撃を受けた。クラウスはともかく、脳筋のガイまで。


(どうすればいいんだ?とりあえず、茶に誘えばいいのか?)


 スカーレットはあの一件のあと三日間学園を休んだ。登校してきた時には顔の痣は消えていて、エリオット達に迷惑をかけた謝罪と助けてくれた礼を述べた時の微笑みは美しく輝いていた。

 それから一週間が経つ。あれ以来、スカーレットとは話していない。


「とりあえず、花でも贈っておけ」

「いや、話をした方がいいだろう。また昼食に誘えばいいじゃないか」

「街でデートしてこいよ」


 男性陣はやんややんやと朴念仁の友をからかいつつ助言をくれるが、それにエリザベートが待ったを掛けた。


「贈り物やデートなどより、スカーレット嬢を気にかけてさしあげてください」


 気にかけているからこんなに悩んでいるのだが、と心の中で反論すると、エリザベートが氷のような瞳を向けてきた。


「スカーレット嬢は現在、様々な家から茶会に誘われて困っていらっしゃるようです」

「え?」


 当然でしょう。と、エリザベートは肩をすくめた。


「噂の当事者であり、公爵家と婚約した令嬢とお近づきになりたい家はいくらでもありますわ。しかし、スカーレット嬢は男爵家の令嬢です。突然高位貴族の茶会に招かれるようになって戸惑っているはずです。きちんとスカーレット嬢とお話する時間を設けて、困っていることがあれば助けてさしあげて」


 エリザベートの言うことは最もだ。何故それに気づかなかったのかと、エリオットは思わず腰を上げた。


「明日の昼食の約束をしてくる!」


 そう言って駆け出してく朴念仁を、他の面々はやれやれといった表情で見送ったのだった。



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