第20話 公爵令息エリオット・フレインの婚約
「うわああああ〜っ!!お姉様のばかばかばかばか〜っ!!わああ〜んっ」
馬車の中で、ミリアはスカーレットに取りすがって泣きわめいた。
「なんで勝手なことするのよ〜っ!わた、わたしが殿下を脅してあのキモクソ野郎をぶっ殺してもらおうとしていたのに〜っ!なんでお姉様が犠牲になろうとするのよ!!うわああ〜んっ」
「ミリア……」
スカーレットは優しく微笑んで義妹の頭を撫でた。エリオットとクラウスは向かいの席で義姉妹の様子を見守って頬を緩めた。ちなみにガイは「騎士候補生の仲間達に広めてきてやるよ!」とどこかに行った。曲がった行いを許さない正義漢の集まる騎士団とその卵達に事のあらましが伝わったら、グンジャー侯爵にはさぞかし生きづらい世の中になることだろう。
「ごめんなさいね……私が侯爵の元へ行けば、テオジール家と貴女を守れると思って……」
「そんな訳ないでしょう!私は侯爵家を燃やしに行く気満々でしたよ!!ジムだって悲しんでたのに!うわあああ〜っお姉様のばかばかおろか〜っ!!」
ひぐひぐと鼻を鳴らすミリアに、スカーレットも涙を流した。
馬車が王宮へと辿り着くまで、ミリアは泣きやまなかった。
てっきり男爵家へ送られると思っていたらしく、スカーレットは王宮の門の前に止められた馬車に目を白黒させた。
そんなスカーレットを抱いて馬車から降ろすと、侍女達が駆けつけてきて礼を取った。
「王太子殿下から事情は承っております。バークス男爵令嬢、どうぞこちらへ」
「お怪我の手当をさせていただきます」
「えっ、あの……」
エリオットはスカーレット抱き上げたまま、侍女達の案内に従って王宮に足を踏み入れた。スカーレットは顔を赤くして縮こまり「降ろしてください!」と抗議していたが、エリオットは出来るだけ見せつけるようにして歩いた。
城にいる者達が、顔を腫らしたスカーレットがエリオットに抱きかかえられている姿を目にすれば、アレンとエリザベートが先んじて撒いた噂にこれ以上ない信憑性が加わる。
「わ、私は王宮に足を踏み入れていいような身分では……」
「まあ、何をおっしゃいます!フレイン公爵令息様の婚約者であらせられるのですから、王太子殿下からは許可が出ております」
「い、いえ、私が婚約者だなんてそんな……」
「まあ!震えていらっしゃる!おかわいそうに、恐ろしい目にあったんですのね!」
手当をされている間中スカーレットは恐縮していたが、その奥ゆかしい態度に侍女達の同情と好感度は高まる一方だった。
男は出て行けとばかりに閉め出されたので、エリオットとクラウスはアレン達を探しに向かった。
「おう。スカーレット嬢は無事だったか?」
向こうもエリオット達の元へ行こうとしていたらしく、廊下の途中でアレンとエリザベートと行き合った。
「顔を殴られていたから、侍女達が大騒ぎしている」
エリオットがそう告げると、エリザベートがぎゅっと目をすがめた。
「許せませんわね。地位の高い者が下位の者にそのような」
「ああ。噂はいずれ父上と母上の耳にも届くだろう。テオジール家に対しても、領地や領民に嫌がらせをしたり家人を脅したりしていたようだ。グンジャー侯爵は良くて降格、悪ければ爵位剥奪もあり得るだろう」
アレンの言葉に、エリオットは頷いた。
あの場で本当はグンジャー侯爵を殴り倒してやりたかった。だが、こちらが手出ししなかったおかげで、よりグンジャー侯爵の非道が強調される。己れの罪を思い知るがいい。
「にしても、エリオットの口から「婚約したい」という言葉が聞けるとは。私は嬉しいぞ」
アレンがにっこり笑ってエリオットの背中をばんばん叩いた。
「それは、スカーレット嬢を救うために必要なことだったから……グンジャー侯爵が処罰されて手出しできなくなれば、婚約は解消して……」
「いやいや、よく考えてみろ。スカーレット嬢はジム・テオジールとの婚約を解消したばかりでなく、グンジャー侯爵に妾にされそうになったんだぞ。スカーレット嬢は何も悪くなくとも、瑕疵のある男爵令嬢では良縁は難しい。そうすると、グンジャー侯爵のような好色な貴族や大商人が妾だ後妻だと望んでくることになるぞ」
エリオットは眉をひそめた。確かに、アレンの言う通りだ。スカーレットには何も罪はなくとも、社交界では彼女は傷物扱いされるだろう。
「だからな、エリオット?スカーレット嬢が想い合う相手をみつけて、その相手と結ばれる時まで、お前が建前上の婚約者として守ってやるんだ」
「え……?」
「いいだろ?お前はどうせ婚約者を作る気がないんだ。それに、お前だってスカーレット嬢が婚約者になってくれれば、他の令嬢から言い寄られなくてよくなるぞ?」
アレンが誘惑するように囁いてくるので、エリオットは背筋がぞわぞわした。
「しかし……」
「エリオット様。貴方がスカーレット嬢に婚約を申し込むと触れ回ることを望んだのです。スカーレット嬢を救うためだと言うならば、醜聞からも守ってさしあげなさいませ」
エリザベートにそうとどめを刺されて、エリオットは思わず天井を仰いだ。
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