第13話 公爵令嬢エリザベート・ビルフォードの衝撃




 休日に呼び出されたにも関わらず朝一番で王宮へやってきたクラウスとガイは昨日の一部始終を聞いて激しく憤った。


「くっ!この悪魔どもめ!」

「きゅん!」

「国家転覆罪で裁くべきだろ!おらおらおら!」

「きゃんきゃん!」


 断りもなく膝に乗っかられて戦慄するクラウスと、乱暴に腹を撫で回すガイも、罪深い獣達に傷つけられたエリザベートを見舞いに行くのに賛成した。


「にしても、ミリア嬢はいったい何が目的だったんだ?」


 公爵邸へ向かう馬車の中で、ガイが呟いた。


「何かアレンと取り引きしたくて、エリザベートを人質に取ったんだろ?」

「ああ。そう言っていた」


 エリザベートが人質に取られた時のことを思い出したのか、アレンが眉を曇らせた。


「調べた限りでは、バークス男爵家に借金や大きな問題はなかったんだろう?男爵令嬢が王太子の婚約者を人質に取ってまで要求したいことってなんだよ?」


 ガイの疑問に、誰も答えられなかった。王太子の婚約者を人質に取るなど、死刑になってもおかしくない罪だ。それなら、ミリアの要求は命を懸けて訴えたい程のものだということになる。


「こうなったら、ミリア嬢に直接問いただした方がいいでしょう。向こうからやってくる前に、こちらから向かうんです」


 クラウスの提案にアレンが頷いたため、エリザベートを見舞った後にバークス男爵家を訪れることに決めた。先触れも出していないが、訪問を知らせればミリアがまた何か企むかもしれない。不意を突いた方がいい。

 ミリアを逃がさないためだが、スカーレットも驚かせてしまうことにエリオットは胸を痛めた。彼女の前でミリアを糾弾したら、あの菫色の瞳から涙がこぼれるかもしれない。そう思うと、居たたまれないような気持ちになる。


 公爵家が近づいてくると、異変に気づいたガイが眉をひそめた。

 公爵家の前に馬車が停まっている。公爵家の私用の馬車だ。

 公爵か夫人が出かけるのかと思ったが、それにしては何やら騒がしいことに気づいた。


「待ちなさい、エリザベート!」

「考え直してちょうだいっ!!」


 公爵と夫人が、馬車に乗り込もうとする娘を必死に引き留めていた。


「エリザベート!?」

「殿下っ、何故ここに……」


 両親にすがりつかれていたエリザベートが、馬車を降りて駆け寄ってきたアレンの姿を見て眉根を寄せた。


「何をしている!?」

「お許しください、殿下。わたくしは最早王太子妃とはなれません。社交界で生き恥を晒すことも耐えられません。修道院へ入り、祈りに身を捧げたいと思います」


 エリザベートの声は静かだったが、迷いはなかった。


「何を馬鹿なことを……王太子妃となる者を修道院になど入れられるものか!」

「婚約は解消してください。わたくしには過ぎた身分でございました」

「エリザベート!」


 アレンが声を荒らげるが、エリザベートは表情を変えずに馬車に乗り込もうとした。


「待て!他の令嬢にまた一から王太子妃教育を施せと言うのか!それだけ王宮の負担が増えるのだぞ!」


 エリオットは慌ててアレンの肩を掴んだ。自他ともに認める朴念仁なエリオットでもこの言い草はないとわかる。教育が手間だから、エリザベートを王太子妃とするのが王家にとって楽だとでもいう言い方だ。


「殿下、そうではなくて、エリザベート嬢の気持ちを汲んで引き留めなくては……」

「とりあえず、優しい言葉を掛けて説得するんだよ!」


 追いついてきたクラウスとガイもアレンに苦言を呈する。


「高位貴族の令嬢であれば、教養などすぐに身につきますわ」


 エリザベートは凪いだ表情で言い、顔を背けた。


「お許しください……、わたくしは、殿下にあのような無様な姿を見られては、もうお側にはいられないのですっ」

「なっ……」

「はしたなくも声を上げ、みっともない顔を晒してしまいました……わたくしはもう王太子妃になどなれません」


 エリザベートは恥じ入るように顔を隠すと、再び馬車に乗り込もうとした。

 エリオットは焦った。エリザベートの決意は固い。だが、王太子の婚約者が修道院へ入ったなど誰かに知られたら大騒ぎになる。なんとか説得しなければ、と思うが、昨日のエリザベートを目にしてしまったエリオットの声は彼女に届かないかもしれない。


(なんと言って説得すればいい?……みっともない姿を晒したと思い込む彼女になんと言えば……みっともなくなどなかったと、言っても信用してもらえるか)


「みっともなくなどない!可愛かった!」


(そう。みっともなくなくて可愛……かわ?)


 突如響いた声に、エリオットは目を丸くして発言主を見た。

 エリオットだけではなく、クラウスもガイも公爵夫妻も発言主を見た。そしてもちろん、エリザベートも。


 全員から視線を送られても、アレンは気にせずに続けた。


「子犬にたかられて困っている顔が可愛かったからって、修道院に入る必要などない!」


「で、殿下……?」


「婚約も解消しないぞ!「可愛かった」では瑕疵にならないから、父上の許しも出ない!お前は私の婚約者だ!私の許可無く修道院へ入るなど許さない!」


 アレンは堂々と言い放って、戸惑うエリザベートの腕を掴んで馬車から引き離した。

 エリザベートはぱちぱちと目を瞬いていたが、アレンに逆らわずに手を引かれていった。


 二人を追いかけようとしたエリオットは、クラウスとガイに止められた。「少しの間二人きりにさせろ」「野暮だな」と叱られたが、エリオットにはよくわからなかった。



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