第41話 王太子アレン・ハッターツェルグの焦燥
「エリザベートが!?」
血相を変えて学園内の生徒会室に走り込んできた御者からエリザベートがさらわれたと聞かされ、アレンは愕然とした。
「なんでそんなことに……」
「お、お嬢様と一緒に、どこかのご令嬢もさらわれて……っ」
御者が息も絶え絶えに言う言葉に、エリオットは息を飲んだ。
今日、エリザベートはスカーレットと会っていたはずだ。では、エリザベートと共にさらわれた令嬢とは……
「すぐに近衛隊に知らせろ!周囲に漏れないように、だが迅速に動け!」
アレンが足早に生徒会室から出ていき、クラウスとガイが指示を受けて駆け出していく。エリオットはアレンを追いかけた。
「アレン!エリザベート嬢と一緒にいたのって……」
「おそらく、スカーレット嬢だろう。エリザベートを狙う輩に巻き込まれたのか……」
アレンがぎりりと口を引き結んだ。
「エリオット、エリザベートを狙う理由は?」
「……今さらエリザベート嬢を廃しようとする者がいるか?卒業後の結婚はもう決定事項だ。そもそも、王太子妃に立てられる令嬢は残っていないぞ」
エリザベートの他の有力貴族の娘は結婚しているか婚約者がいるか、だ。先代国王の時代から政情は割と安定しており、保守貴族と新興貴族の間に表だった対立はない。先代国王の側近として保守と新興の両派に平等に睨みをきかせたロレイン公の手腕もあって、貴族の間にはまだその厳しい空気が残っているのだ。
「隣国の差し金という可能性もあるが……」
エリオットは瞬時に様々な可能性を思い浮かべるが、すぐに頭を振った。その辺りのことはクラウスが調べてくれているに違いない。
「とにかく、エリザベートがさらわれたということは絶対に漏れないようにしなければ」
アレンは切羽詰まった表情で足早に廊下を渡る。エリオットも無言で頷いた。
何も起きずに助け出されたとしても、「さらわれた」というだけで王族に嫁す資格を失ったとみなされる可能性は十二分にある。他の貴族には何も悟られないように動かなければならない。
「バークス男爵家にも極秘に連絡を……」
「フレイン様!」
アレンの指示を遮って、廊下の向こうからミリアがなりふり構わずに走ってきた。
「お姉様が!」
ミリアはいつもスカーレットと校門で待ち合わせて一緒に帰っている。異変に気づいたのだろう。
エリオットは蒼白な表情で取り乱すミリアに声を抑えるように命じ、肩を掴んで引き寄せた。
「周囲には知られないように。君は誰から聞いた?」
「わ、私、いつも通りに校門に行ったらお姉様がいなくて、御者が、さっきまでお姉様がいたはずなのに、馬車をとってきたらいないって……それで、探したらこれが落ちてて」
ミリアは手に握ったハンカチを見せた。菫の花の刺繍はスカーレットの施したものだと言う。
バークス男爵家の御者はさらわれた瞬間は目にしなかったのだろう。エリオットはアレンと目を見合わせて、ミリアに囁いた。
「スカーレットとエリザベート嬢がさらわれた。必ず助け出すから落ち着いてくれ」
「スカーレット嬢はエリザベートの誘拐に巻き込まれたのだろう。王家が全力で救出する。信じて待っていてくれ。エリオット、ミリア嬢を校門まで送って馬車に乗せろ」
「ああ、わかった」
アレンはそのまま学園内の警備部に向かう。そこに近衛部隊が駆けつける手筈だ。
「ミリア嬢、さあ」
エリオットはアレンの背中をみつめるミリアを促した。
だが、ミリアはそこから動かず、アレンの背中を見、エリオットの顔を見、下を向いて自分のつま先を見つめた。
「ミリア嬢?」
エリオットが顔を覗き込むと、ミリアはぶるぶる震えながら呟いた。
「……さま……の」
「え?」
「狙われたのが……エリザベート様じゃなかったら?」
エリオットは眉をひそめた。
「巻き込まれたのはエリザベートの方だと言うのか?だが、なんのためにスカーレットを……」
「侯爵がっ!」
ミリアは顔を上げてエリオットを見つめた。
「お姉様に執着していたからっ、逆恨みでっ……!」
ミリアの言葉に、エリオットはハッとした。
グンジャー侯爵ーースカーレットを自身の欲望の道具にしようとして、その行いで子爵に堕とされた男。
下位貴族を見下し、スカーレットや彼女を守るテオジール家を侯爵である自分に従わない無礼者だと本気で罵っていたあの浅ましい男が、自身が下位貴族に堕とされた逆恨みで暴走したのだとしたら。
「——アレンっ!!」
エリオットは声を張り上げてアレンを呼び止めた。
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