第24話 公爵令息エリオット・フレインの無言
スカーレットと友人になる。
そう考えれば、だいぶ気が楽になった。
何も特別なことをしなくとも、ただ彼女が心穏やかに過ごせるように気を配り、傷つけられそうになった時には盾となればいいのだ。
スカーレットはエリオットに媚びてくるような令嬢とは違うのだし、こちらも取り繕わずに自然体で接すればいいだろう。
「という訳で、今日の昼食の時間に話題になりそうな内容を予測してまとめてきた。返答のパターンと次の話題に移るタイミングなどを計算してある上に、巷で流行っている物や人気の店なども書き出して全部暗記した。これで今日の昼食はばっちりだ!」
「いや、全然気楽になってねぇじゃん!」
「むしろ悪化しとる!」
「まさか徹夜したのか!?なんだその目の下のクマは!」
やたらと分厚いノートを手に誇らしそうな顔をするエリオットに、アレン達は怒濤の突っ込みを入れた。エリザベートからは絶対零度の視線を注がれる。本日の朝の生徒会室である。
「思っていた以上にエリオットがポンコツだった!」
「誰がポンコツだ。これぐらいの備えをするのは当然だろう?スカーレット嬢を不用意に傷つけたら、ミリア嬢が何をするかわからないんだぞ」
義姉のためなら王太子の婚約者のスカートもめくろうとする令嬢である。王太子の側近候補程度の公爵令息など躊躇いもなく潰しにくるだろう。警戒を怠るべきではない。
「それはそうかもしれないが……」
「まあ見ていろ。俺はスカーレット嬢と完璧に友人になってみせる!」
エリオットは何か言いたげな面々の前で、ノートを手に颯爽と生徒会室を後にした。
「……大丈夫だろうか?」
「いや、大丈夫じゃない」
アレン達は顔を見合わせてから頭を抱えて溜め息を吐いた。
昼休み、意気揚々とスカーレットの教室に赴いたエリオットは、頭の中で昨日何度も思い描いたエスコート手順を復習した。教室の戸を開けて、スカーレットの名を呼び、手を差し出す。奥ゆかしいスカーレットは手を重ねることを躊躇うかもしれないが、そうしたら少し強引に手を取って教室から連れ出そう。食堂の個室に着いたら、恥ずかしく頬を染めてしまったスカーレットに強引に連れてきてしまったことを謝って、「すまない。君があんまり魅力的だったから」と言えばスカーレットは胸を押さえて「もう……からかわないでくださいまし!」とちょっと怒ったふりをするのだ。だが、膨れた頬は真っ赤に染まっているから説得力がない。(参考文献:公爵家の侍女から借りた恋愛小説)
(うん、完璧だ!よーし、待ってろスカーレット嬢!)
「スカーレット嬢、待たせたな……」
教室の戸口に立って、ふわりと微笑んで彼女を呼んだ。
呼ばれた彼女は弾かれるように立ち上がり、顔を赤くして「は、はい!」と返事をして少しおそるおそる近づいてくる――はずだった。エリオットの脳内予想では。
現実の教室の中では、スカーレットが冷たい表情で義妹に関節技を掛けて締め上げていた。
「お姉様、ギブギブギブ……っ」
「黙りなさい。私は何度も言ったはずよ。姉の胸を揉むのはやめろと」
「他の令嬢の胸を揉んだら怒り狂うではありませんか!」
「当たり前でしょう?そもそも何故胸を揉むの?」
「ふっ……そんなの、女の特権を行使して、周りの男どもの羨望の視線を集めて優越に浸りたいからに決まっているではありませんか!」
「私はいったいどこで貴女の教育を間違ったのかしら?」
スカーレットは困惑げに眉をひそめて、儚い溜め息を吐いた。
ただし、締め上げる力は少しも緩んでいない。
「いい?ミリア。普通の令嬢は女性の胸を揉みたいなどと邪な欲望は抱かないものよ」
「いいえ、お姉様。それは違います」
ミリアはきっ、と目に力を込めた。
「美人を好きなのは男だけだと思ったら大間違いです。女だって美人は好きなのです。むしろ男以上に美人が好きかもしれません。だって、女性は美しいものが好きな生き物ですもの!だから、お姉様のような美人の胸を揉みたいと思うことは不思議ではありません。――そこの貴女!」
「え?わたくし?」
ミリアが教室内で呆気にとられていた令嬢の一人に声をかけた。確かあれは伯爵家の令嬢だったな、とエリオットはぼんやりと思った。
「私のお姉様の胸、揉んでいいと言われたら揉んでみたいでしょう?正直に!」
「ええ!?そ、そんな……わたくしはそんなこと……うっ、でも……スカーレット様の……服を着ていてもわかる形の良さを触って確かめたい気持ちも決して否定できなく……」
「アルメリア様!ミリアの戯言を取り合わなくて結構です!義妹が申し訳ございません!」
生真面目に悩み出した伯爵令嬢に、スカーレットが謝罪する。
「仕方がありませんわ。だってお姉様の胸は――あら、フレイン様」
何か言い掛けたミリアが、戸口に立ち尽くすエリオットに気づいて声を上げた。
それでこちらに気づいたスカーレットが義妹を解放してエリオットに駆け寄る。
「フレイン様。申し訳ございません。お見苦しいものをお見せして」
「あ、ああ。いや……」
ミリアが何を言い掛けたのか気になったが、エリオットは気を取り直してスカーレットに微笑みかけた。スカーレットの胸は何だというのだろう?
「ちゅ、昼食を共にしたいのだが、いいかい?」
「はい、喜んで。光栄でございます」
スカーレットは花が綻ぶように微笑んだ。辺りの空気まで華やかに変わりそうなほど美しい。とても、たった今まで義妹に関節技をキメていた令嬢とは思えない。
「で、では、行こうか?」
「はい。――ミリア、他の方のご迷惑にならないようになさいね」
スカーレットはミリアにそう言い置いて、エリオットの後ろを付いてきた。
エリオットの脳内からはあんなに綿密に立てた計画がすべて吹っ飛んでしまい、計画では気取りのないウィットに富んだ会話をしてスカーレットの心の壁を取り払う予定だったのだが、現実のエリオットは食堂に辿り着くまで一言も会話できずに無言を貫いてしまったのだった。
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