第10話 公爵令嬢エリザベート・ビルフォードの傷心




 ビルフォード公爵家には二代前に王弟が婿入りしている。

 エリザベートが王太子の婚約者に選ばれた時、ビルフォード家と王家の繋がりがあまりに濃くなりすぎるのではないかとの声もあった。あまりに他の家との力の差が大きくなりすぎると、余計な軋轢を生む。

 だが、身分、家柄、教養でエリザベート以上にふさわしい娘はいなかったため、結局、対抗馬が立てられることもなかった。

 ビルフォード公爵は娘が王家に嫁ぐことにさほど熱心ではなかったが、王家から望まれた以上否やはなかった。

 幸い、エリザベートも自らの役目を粛々と受け止め、王家へ嫁ぐための努力を淡々とこなしている。

 王太子とは不仲だとも聞くが、大きな喧嘩をする訳でもないため、なんだかんだで上手くやっていくだろうと心配はしていなかった。

 だから、エリザベートが学校から帰るなり部屋にこもり夕食にも姿を見せないことに、公爵は動揺した。

 あのエリザベートがそこまで落ち込むほどのことがあったのかと気を揉んだ公爵夫妻が話し合っていると、談話室の扉が開き青白い顔のエリザベートが現れた。


「お父様、お願いがあります」


 伏せた目で床をみつめたまま、エリザベートが言った。


「わたくしと殿下の婚約を解消してください」


 普段、何かを望んだりしないエリザベートの願いに、公爵夫妻は仰天した。


「な、何を言うっ!?」

「わたくしには、王太子妃となる資格がありません。あのような姿をっ、殿下に……っ」

「な、何があったのだエリザベート!?」


 公爵が問いつめると、エリザベートは耐えるように唇を噛みしめた。


「わたくしはっ……、わたくしの身はっ、飢えた獣達によって……っ」

「なにっ!?」

「ああっ、そんな!なんてことっ……」

「奥様!」


 失神して崩折れた公爵夫人を執事が抱き留めた。


「あのような辱めを受けた以上……、わたくしは修道院へ参ります。公爵家のお役に立てず申し訳ありません」


 エリザベートは淑女の礼をして、踵を返した。


「ま、待ちなさいエリザベート!」

「どうぞ、わたくしのことはお忘れください。公爵閣下」


 覚悟を決めたエリザベートの口調に、公爵は後を追いかけることが出来なかった。


「……どういうことだっ」

「旦那様っ」

「学園で何があったのだ!?エリザベートがいったいどんな目に……っ」


 公爵は震える拳を握り締めた。そして、狼狽える執事に命じた。


「今すぐ王宮へ向かう!王太子殿下に聞きたいことがある!」



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