第38話 伯爵令息ガイ・チェンストンの見解






 相手の幸せを考えるあまり、自分は相手にふさわしくないのではないかと不安になって「あの人にはもっとふさわしい人がいるんじゃないかしら?」なんて言ってうじうじしている。

 恋する乙女かっつーの。

 なんだかぐちゃぐちゃ考えている様子だったが、言っていることを統合してみればそういうこととしか思えない。


「優しくて、家格がそれなりで、そこそこ優秀で、容姿も平均以上で、何より誠実で、スカーレット嬢を愛する男」

「ジム・テオジールが駄目なら、エリオット・フレインしか残らないって自覚ねえのかな」


 校門までの道を歩きながら、クラウスとガイは嘆息し合った。


「まあ、婚約してすぐの「空回り期」を通り越して「不安期」に入っているだけだと思う」

「それを乗り越えたら「熱々期」に入るのか?」

「いや、その前に「自覚期」と「爆発期」がある」


 もしかしてあたしこの人のことを……?という時期と、これが恋?恋って苦しい!どうしたらいいの!?という時期があるものだ。人によっては「自覚期」と「爆発期」が「空回り期」より先に来る場合もある。


「誰もが通る道ってことだ」

「アレンなんか「空回り期」と「不安期」を長年行ったり来たりしていたもんな」


 正直、今まで知らなかった恋に右往左往するエリオットは見ていておもしろい。是非とも、上手くいってもらいたい。友人として、協力は惜しまないつもりだ。


「そういや、グンジャー侯爵はどうやら降格になりそうだな」


 クラウスがふと思い出して言った。


「伯爵か?」

「いや、子爵になるらしい」

「はっ!さんざん見下してきた下位貴族の仲間入りか!いや、仲間に入れてもらえるといいな」


 彼は普段から平民を「下賤の者共」などと呼んで蔑んでいたらしく、領民にも嫌われていて彼を弁護する声はほとんど出てこなかった。

 今回の男爵家の令嬢に対する仕打ちは下位貴族の怒りを買った。

 愚かな男の末路などどうでもいいが、暴れて周りに迷惑をかけなければいいのだが。


 互いに別れを告げて馬車に乗り込み、クラウスとガイは友人の幸せを祈りながら帰宅した。




 スカーレットはお茶を飲む手を止めてふぅと小さく息をこぼした。

 目の前でにぎやかにお茶を飲むミリアの姿。ミリアの相手をするジムは勢いに圧されながらも愉快そうに笑っている。

 ミリアが男爵家にやってきた時から、スカーレットはテオジール家を訪れる時は必ずミリアを一緒に連れていった。

 突然、平民から貴族になったミリアは戸惑っていたし、見本にするならば当主が常に不在で最低限の使用人しかいないバークス家ではなく、家族仲が良く使用人も誇りを持って働いているテオジール家の方がいいと思ったからだ。

 テオジール家の人々は平民上がりのミリアをスカーレットと同様に扱ってくれたし、ミリアもすぐに彼らに馴染んだ。


 初めてジムに会った時のミリアを思い出して、スカーレットは思わずくすっと笑ってしまった。


「お姉様、なあに?」

「ごめんなさい、なんでもないのよ」


 初めて目にする貴公子にぽぅっとなったミリアは、その直後に義姉の婚約者だと紹介されてなんともいえない複雑な表情になったのだ。


 笑ったのを誤魔化すために、スカーレットはお茶を口に含んだ。


 スカーレットにはただ一つ、グンジャー侯爵に感謝していることがある。

 自分がジムとの婚約を解消するきっかけとなってくれたことだ。





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