第44話 公爵令息エリオット・フレインの驚愕
「エリザベート!無事か!」
アレンが駆け寄ってエリザベートを抱きしめた。
「で、殿下……わたくしは平気です。スカーレット様が……」
近衛兵がへたり込んだままの侯爵を取り囲んで押さえつけた。侯爵は近衛兵を怒鳴りつけて暴れたが、あっさりと抑えつけられる。
「放せ!放さんか!わしは侯爵であるぞ!」
引っ立てられていく間も、ずっと見苦しく喚いていた。アレンとエリオットは目を眇めてその醜悪な姿を見送った。エリザベートの体面を傷つける訳にはいかないため、侯爵は人目に触れないよう王宮に連れて行かれそこで裁かれることになる。先代の王の元で貴族の腐敗を一掃し「法の番人」と恐れられたロレイン公が然るべき処罰を下してくれるだろう。
スカーレットが、短く息を吐いて手にした鞭を床に落とした。
エリオットは、彼女に駆け寄ることが出来なかった。
エリオットの目は、破けた制服から覗くスカーレットの左肩に釘付けになっていた。
露わになった白い肩に、ギザギザに走った傷。
スカーレットがゆっくり振り向いた。
その菫色の瞳と目が合った瞬間、エリオットの脳裏に目を丸くした女の子の顔がよみがえった。
呆然としてこちらを見る小さな女の子の、肩から流れる真っ赤な血。
スカーレットの菫色の瞳が、記憶の中の女の子の丸い目と重なる。
エリオットは呆然と立ち尽くした。
「エリオット?」
アレンに呼ばれ、エリオットはハッと我に返った。
「どうした?」
「いや……なんでもない」
「そうか。なら、スカーレット嬢に上着を」
アレンに命じられ、エリオットは慌てて上着を脱いでスカーレットに羽織らせた。スカーレットは頬を染めて礼を言ったが、エリオットは彼女の顔を直視することが出来なかった。
「スカーレット様にすぐに手当を。わたくしは怪我などありませんので」
「いいえ、エリザベート様のお手当を先に!荷馬車で運ばれたので、痣など残っては一大事です」
スカーレットの言葉を聞くなり、アレンがエリザベートを横抱きに抱き上げて駆け出ていった。馬車を持ってこいと怒鳴る声が遠ざかっていく。
エリオットもスカーレットを抱いて運んだ方がいいかと思ったが、スカーレット自身が「自分は歩けるので」とやんわりと距離を取った。
「私のために、エリザベート様……ビルフォード様まで巻き込んでしまい、本当に申し訳ありません。殿下にも、お詫びのしようもなく……」
「いや……悪いのはグンジャー侯爵だ。まさか逆恨みでこんな真似をするとは……」
エリオットはスカーレットの肩に手を置こうとして、躊躇った。
幼い女の子の顔が脳裏から消えてくれない。
「エリオット様?」
菫色の瞳が重なる。あの時目にした赤い血ばかりが記憶にこびりついていて、瞳の色が同じことに気づかなかった。
——幼い頃はかなりやんちゃで乱暴者だったそうなのです
俄には信じがたかったミリアの言葉が、エリオットの頭に鈍く響いた。
菫色の瞳。肩に残る傷跡。
あの日、エリオットが怪我を負わせて森の中に置いて逃げ出した、あの女の子が——スカーレット・バークスだったなんて。
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