第27話 子爵子息ジム・テオジールの連行






 誰かが泣いている。


「ーーー、ーー」


 声が、途切れ途切れに聞こえる。

 エリオットは落ち着かなくて、怖くなってその場から逃げ出した。


「ーーー」


 その声を聞きたくなくて、必死に耳を塞いだ。




 目を覚ましたエリオットは、嫌な夢を見たと目頭を押さえた。

 ここ数年は夢にも見なくなって、思い出すこともなくなっていたのに。


(なんで、今頃……)


 エリオットは寝台に身を起こして深く息を吐き出した。

 忘れてしまえ。十年も前のことだぞ。そう自分に言い聞かせて、エリオットは寝台から降りた。


 過去の夢になどかかずらっている場合ではない。今日はやることがあるのだから。




「という訳で、全員、準備はいいか?」

「……いいか悪いかと聞かれたら、良くはないぞ」


 物陰に隠れて標的が現れるのを待ちかまえるエリオットに、付き合わされた面々が渋い表情になる。


「おい、やる気を見せろ」

「子爵家の次男をさらうやる気なんてこれっぽっちも湧いてこないが」


 今はまだ生徒達が登校するよりかなり早い時間帯だ。この時間帯に来いと昨日のうちに人を使って伝えたから、ジム・テオジールは必ず来るはずだ。


「奴が現れたら、拘束して生徒会室へ連行するんだ」

「そんなことしなくても、普通に話があるって言えば着いてくるだろ」


 アレンが呆れながら大きな欠伸をする。公爵令息に呼び出されて抵抗する訳がないのだから、普通に連れて行けばいいだろう。エリオット以外の面々は至極真っ当にそう思うのだが、ここのところ何かをこじらせているエリオットはとにかくジムを捕まえねばという想いに駆られて周りが見えなくなっていた。


「来ない……逃げたか……?」

「なあ、俺達もう行っていいか?」

「放っておいて行こうぜ」

「エリオットー、先に行ってるからな!」

「え?ちょ、ちょっと待てよ!」


 三人に置いて行かれそうになって、エリオットは慌てて追いかけようとした。

 その時、朝靄の中に馬車が現れ、校門前に停まり待ち人のジム・テオジールが降りてきた。


「来た!野郎ども、行くぞ!」

「ええー……」


 ものすごく嫌そうな顔をする三人にかまわず、エリオットは物陰から飛び出した。


「あ、フレインさ……」


 こちらに気づいて声をかけようとしたジムの背後に回り込み、羽交い締めにする。


「今だ!」

「え?」

「はい、ちょっとごめんよー」


 アレンがジムの腕を捕らえ、クラウスが布で目隠しし、ガイが腰に縄を掛ける。


「あの?」

「抵抗しても無駄だ!」

「いえ、何をなさってるんですか?」


 ジムは怒りも焦りもせず、ひたすら困惑した様子だった。


「お前が逃げないようにだ!」

「何故、僕が王太子殿下やフレイン様から逃げなくてはならないのですか?というか、僕を呼びだしたのはフレイン様だとわかっているしここは学園の敷地なのに目隠しする意味ありますか?」

「悪いな。お前の言うことは最もなんだが、少しだけ付き合ってやってくれるか」


 燃え上がるエリオットとは正反対に冷静なジムに、アレンが溜め息を吐きながら言った。

 そのまま大人しいジムを生徒会室まで連行し、目隠しと縄をはずした。


「さあ、正直に答えてもらうぞ!」

「はあ……何をでしょうか?」


 エリオットはきょとんと見上げてくるエリオットに、びしっと人差し指を突きつけた。


「スカーレットとはどんな関係だ!」

「?……元婚約者、ですが」


 既に知っているだろうことを尋ねられて、ジムの表情に浮かぶ困惑の色がより濃くなった。


「では、また婚約者になりたいと思うか?」

「はい?」


 ジムが首を傾げた。


「あー、つまりだな。エリオットはお前とスカーレット嬢が婚約解消となったのは不可抗力であり、二人が想い合っているのであれば、新たに婚約者となった自分の存在が障害になってしまうのではないかと気にしているんだ」


 エリオットに任せていてはジムを困惑させるだけだと悟ったクラウスは代わりに説明した。

 ようやく、ジムが「ああ」と納得した顔になった。


「フレイン様、僕とスカーレットは婚約者といっても、仲の良い友達のようなものでした。僕は彼女を家族のように思っているし、敬愛していますが、僕達の間に恋のような感情はありません」


 ジムはきっぱりと否定した。


「ほ、本当か?」

「本当です。だいたい、もしも僕とスカーレットが想い合っていたのなら、ミリアがフレイン様との婚約を全力で潰して力ずくでも僕との再婚約に持ち込んでいましたよ。ミリアが動かないってことは、スカーレットにとって良い方向に動いているということです」


 何故だろう。ものすごく説得力があった。


「そ、そうか。確かに、ミリア嬢ならばスカーレットのためなら俺ごときいつでも闇に葬れるはずだ」


 エリオットの中でミリアの印象はどうなっているのだろう。


「ミリア嬢が警告してこない限りは、安心していいということか」


 公爵令息が男爵令嬢を恐れすぎな気もするが、納得したのなら良かったとアレン達三人は胸を撫で下ろした。


「すまなかったな、ジム・テオジール。もう行っていいぞ」

「いえ。スカーレットを大切にしてくれてありがとうございます」


 早朝に呼び出された挙げ句目隠しされたり面倒くさい質問をされたりしたというのに、ジムは些かも気分を害した様子もなく微笑む。いい奴だ。


「スカーレットをよろしくお願いします」

「ああ、任せろ!」


 ジムが軽く頭を下げ、エリオットが胸を張る。

 子爵令息に比べて、友人の公爵令息がポンコツすぎるな。と、アレン達三人は複雑な気持ちでそれを見守った。





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