第3話 男爵令嬢ミリア・バークスの脅迫




 それは放課後にやってきた。

 生徒会役員達は入学したばかりの新入生の様子を見るために学園内を見回り、中庭に面した回廊を渡っている時だった。


「アレン殿下〜っ!」


 甘ったるい響きの声に、四人は口角を弛め一人は嫌そうに顔をしかめながら振り向いた。


 大きく手を振りながら小走りに走ってくるのは、件の男爵令嬢、ミリア・バークスだ。

 愛らしい顔に笑顔を浮かべ頬を染め、わかりやすく熱のこもった目でアレンをみつめて駆けてくる。その淑女にあるまじき振る舞いに、エリザベートは眉根を寄せた。


「待ってください、アレン殿下〜っ」


 彼女は自分が王太子を待たせる権利を持っているとでも思っているのだろうか。ここが学園でなければ、不敬だと近衛騎士に取り押さえられているところだ。

 だが、アレン達はミリアがこれからやらかすであろうことを楽しむ気満々であるので、彼女が走り寄ってくるのをちゃんと待ってやった。


 ミリアはまっすぐにアレンを見つめて五人の前まで辿り着き、ほっと目を緩めた。


「よかった〜追いついたっ。えっとぉ、あのぉ〜、アレン殿下〜……っと見せかけてそぉぉぉいっ!!」


「え?」


 アレンだけに熱っぽい目線を注いでいたミリアが、突如横っ飛びに飛んでアレンの横にいたエリザベートに掴みかかった。


「「「「は?」」」」


 まったくの予想外の行動に、四人の男達は間抜けな声を上げた。


「くくく……まったく、男が四人もいながら情けないわねぇ」


 エリザベートを後ろから羽交い締めにしたミリアが、甘ったるい声を一変させて低く笑う。


「エ、エリザベート……っ!な、なんのつもりだっ?」


 我に返ったアレンが、捕らわれた婚約者を目にして顔色を変える。エリオット達も我に返ってミリアを取り囲んだ。


(油断した……っ、まさか、エリザベート嬢を狙ってくるとはっ)


 エリオットは背中に冷たい汗を掻いた。仕留める、というのはまさか本当に暗殺をもくろんでいたのか。その後の会話の内容からして、狙っているのは王太子妃の座だろうと踏んだのだが、それが間違っていたのか。


 だとしたら、自分の判断ミスで未来の王太子妃たる公爵令嬢を危険に晒してしまったことになる。エリオットは唇を噛んだ。


(エリザベート嬢に傷一つ負わせるわけにはいかない!)


 ミリアが刃物を手にしている様子はないが、何を隠しているかわからない。


「バークス男爵令嬢、いったい何の真似だ」


 クラウスが詰問する。男達の怒りに囲まれても、ミリアは些かも動じる様子を見せなかった。それだけの覚悟をしているということか、と、エリオットはたかが男爵家の庶子と相手を侮ったことを後悔した。


「ふん。エリザベート様が大事なら、それ以上近寄るんじゃないわよ」


「くっ……」

「おのれ……っ」


 悔しげに顔を歪める男達。


「わたくしを、どうするおつもりなの?」


 捕らわれたエリザベートは気丈にもミリアに尋ねた。


「貴女は黙っていて。私は殿下に話があるの」


 ミリアはアレンをまっすぐに見つめた。その瞳に宿るのは甘い熱などではなく、冷徹な殺意に他ならない。けして気圧されてはならぬ、と、アレンは足に力を込めた。


「ふふふ。殿下、よく聞いてください」


 ミリアの口元が歪む。そして、そこから発された言葉に五人は驚愕した。


「私に逆らったら、今ここでエリザベート様のパンツをめくりますっ!!」

「「「「パンツをっ!?」」」」

「あ、間違えた。スカートをめくりますっ!!」


 とんでもない言い間違いを訂正したミリアだったが、男達の間に走った動揺は消せなかった。


「な……何故、わたくしがそのような破廉恥な目に……っ」


 気丈にも冷静に振る舞っていたエリザベートも、あまりの事態に声を震わせる。


「ふっ。恨むなら、殿下の婚約者だった御自分を恨むのですね」

「な、何故なの?何故こんなことを……」

「貴女にはわかりませんよ。一生ね」


 ミリアはふっと微笑むと、男達を睨みつけた。


「さあ、どうするの?私がエリザベート様のスカートを掴んだ手を引き上げるだけで、取り返しのつかないことになるわよ!」

「…………、まっ、待てっ!」


 アレンが制止する。


「なんか間がありましたね。「見れたらラッキー」とかちょっと思いませんでした?」

「そんなことは断じてない!」


 ミリアの挑発を即座に否定して、アレンが一歩前に進み出る。


「公爵令嬢にして我が婚約者であるエリザベートを辱めるとは、許されざる不敬。学園の中のこととはいえ、男爵家の罪は免れんぞ。爵位を剥奪されたくなければ、エリザベートを放すんだ」


 アレンが警告と共にミリアを睨みつけた。だが、その怒りのまなざしを受けてもミリアは動じない。


「はんっ!あんなクソ親父の爵位なんてどうでもいいわよ!」


 エリオットは目を見開いた。爵位すら捨てる覚悟で公爵令嬢のスカートをめくろうとしているのか。何故、そこまで。


「さあ!どうするの?このままではスカートの下に隠された公爵令嬢の秘密が明らかになってしまうわよ!」

「こっ、こんな辱めにこれ以上耐えられないわ……っ!殺すなら殺しなさいっ!」

「ふっふっふ。貴女の命など興味がないのよ。私の目的はただ一つ……」


 ミリアはスカートを掴む手に力を込めて、男達を睨み返した。


「このままスカートをめくられたくなければ、私の……っ」

「何をしているのよ!?この阿呆ぉぉぉぉぉぉっ!!」


 ミリアの要求を遮って、もの凄いスピードで突っ込んできたスカーレットが義妹の横腹にタックルを食らわせた。


「申し訳ございませんっ!!私の義妹が大変な無礼をっ!!申し訳ありません!申し訳ありませんっ!!」


 いいダメージが入ったのか、地面に転がってげっほっげっほ咳き込むミリアを放置して、スカーレットが土下座をする。


 完璧と呼ばれる淑女の見事な土下座に唖然としていると、咳き込むのをやめたミリアがむくりと身を起こしてスカーレットを睨みつけた。


「お姉様!邪魔しないでって言ったじゃない!あと少しだったのに!」

「あと少しで貴女の首が飛ぶところだったわよ!!ビルフォード公爵令嬢のパンツをめくるだなんて!!」

「パンツなんかめくってないわ!スカートをめくろうとしていただけよ!」

「同じことよ!」

「同じじゃないわ!とんでもない違いよ!そこに一枚の布があるかないかで世界は変わるのよ!?」

「黙りなさいっ!!」


 ミリアとスカーレットの言い合いを聞いて、男達はついエリザベートの下半身に視線を向けた。そこに一枚の布があるかないかで世界は変わる。確かに。と納得してしまう、男は馬鹿な生き物なのである。

 視線を向けられたエリザベートは両手でスカートを押さえてぶるぶると震えた。何も見られてはいないのに、穢された気分だ。


「ちっ!」


 言い合いの末に舌打ちをすると、ミリアは素早く立ち上がってその場から逃げ出した。


「待ちなさいミリア!!」


 スカーレットがそれを追いかけていく。


 後に取り残された五人は、たった今起きた出来事をどう処理して良いかわからずに立ち尽くした。



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