1-20『エピローグ/俺たちにまだ恋は早い』
振られるくらいなら好きだという気持ちだけ持ち続けて告白しないことを選ぶ、という生き方はよく批判の的になる。
それは愚かだ。
何も生まない。
負け犬思考。
そういうこと言ってる奴はどうせ告白したってダメ。
エトセトラ。
……だったらしてもしなくても同じだろうが。なんで批判してんだよ、論理破綻じゃねえかよ、と。
さておき、そいつはどこまで突き詰めようとも、強者の理論にほからなない。
俺はむしろ、そういった考えを肯定する。
もっとプラスに考えてほしい。
恋人ができる可能性より、その結果として壊れる人間関係のリスクを考える……偉いじゃないか。
今の関係が壊れるくらいならこの恋心を押し殺す、的な思考を萩枝恋は心の底から応援している。
なぜいつも『だけどやっぱり!』みたいな展開になるんだろう。最後まで貫き通してほしい。マジで。
何も恥ずかしがることはないのだ。
引け目に思うことなど一切ない。
むしろ誇るべきだ。その選択ができることは、弱さでなく強さなのだと捉えてほしい。
――って感じで説得したら、みんなそうしてくれねえかなー。ダメかなー?
ダメでしょうね。
いつだって少数派は弾圧されるのだ。
「…………」
あれから一日。
世は全て、のべつまくなしこともなし――終わりよければそれでよし。
結果として俺はこの半年ほど抱え続けていた恋心を暴露できて、それなりにすっきりした気分だった。
元から諦めていたのだが、やはり儀式として振られることで気持ちに整理がつけられるらしい。
今となっては月見里を好きだったという感情にさえ実感がないほどで。
やっぱり恋心なんてそんなもの。
俺にとっては、その程度のものだったということなのだ。
よくも悪くも。そう思う。
もちろん《妻鹿の告白を中止させる》ことのほうが最重要の目的だったのだが、それも解決済みと見ていいだろう。
今のところ、それらしい様子は見受けられないのだから。
とはいえ、こいつは単に山のひとつを越えたに過ぎない。
この問題は時間以外では解決できないものだ。また動きがあれば、そのたび俺は対応を迫られることとなるだろう。
――なにせ、失恋するのはつらいものだからな。
「…………」いや。
今のは、やっぱりなしにしておく。
ともあれこうして、アゴ部の平穏を保つことに成功した。
誰ひとり失恋も得恋もしないユートピア。
どっちかと言うとディストピアな響きだが、そいつが俺の
――願わくば、誰も傷つくことがありませんように――。
「ほんじゃ、今日はみんなで買い物でーす」
笑顔を見せて俺は言った。
以前、この部の新しいゲームを仕入れようという話をみんなでした。今日は実際に放課後、それを買いに行こうという日だ。
そのために、部員全員に集まってもらった。
「おお、なんだなんだ。黙りこくってたと思ったら急にハイテンションかよ、恋?」
最初に答えたのは蒼汰だ。最近は参加率が少し低く、クラスも違うから久々な気分だ。
ただ相変わらずユルくノリがいいため、こういうときはありがたい。
……どうなのだろう。
ひとつ、俺には考えていることがあった。
そうだとすれば申し訳ないことが。
俺は、妻鹿が蒼汰に告白するのを阻止している。
だがもしも。
もしも妻鹿が告白したとして、それを蒼汰が受けていたとしたら――俺はただ妻鹿の邪魔をしただけに過ぎない。妻鹿だけでなく、蒼汰にとってもだ。
少なくとも蒼汰の心がどこに向いているのか――それを確認できなかったのは俺の失態だ。
……俺か?
これ普通に妻鹿が悪くない?
あいつが訊けないのが悪くない?
いや、考えない。
ここで今さらそれを考えるほうが不誠実というもの。気にしない。
今日はむしろ、これまで以上に攻めていくつもりでここに立っているのだから。
「ちょっとね。ちょっと悩みから解放されたっていうか、気分がいいっていうかね」
「ふぅん? まあ楽しそうならいいことだわな」
からからと笑う蒼汰。こいつだけは何も知らないのだから仕方ない。
一方、自分のことを言っているのかと思ったのだろう、妻鹿の視線がこちらに刺さる。
「……おい、萩枝」
「うん? どうした妻鹿ちゃん、元気かい!」
「なんだそのテンション!」
特に意味はない。元気である様を見せつけて全てを誤魔化す幼気な策だ。
妻鹿もそれに流されるみたいにして「まあ、別にいいけど……」と素直に引き下がってくれた。
ちょろい。
「はて、先輩。確かに今日は少し、いつもと様子が違いますが……?」
不思議そうな表情で首を傾げるのは風道。
風道自身は今のところ安牌だろう。
だが無論、油断はできない。ある意味で最も厄介な立ち位置にいるのが、なにせ風道なのだ。この複雑な人間関係の中心にいるのだから。
しかも振られたら出家しちゃうんだもん……どうしろってんだよ……。
「まあまあ。恋くんがヘンなコト言い出すのはいつものことじゃん!」
からからと笑いながら入ってきたのは、月見里だ。
その態度から、俺とこいつの間に昨日あったことを見出すなんて、まあ不可能だろう。
ほんの少しでいい。妻鹿にも見習ってもらいたい、この仮面。
その流れに乗らせてもらう。
「ヘンなことって……この部でただひとりまともな部長を捕まえて何を」
「うわはは。……どの口が言うのさ、それ?」
「悪いけど本気で言ってるぞ。……どいつもこいつも、面倒臭い奴ばっかりだ。なあ?」
と、横合いへ視線を向けて言う。
その先には、少し不服そうな表情で唇を尖らせる後輩の少女――蝶野ぼたんの姿。
結局、彼女に好きだと告白されたことすら、宙ぶらりんのままになっている。
どうしたものかと思う一方、当の蝶野に受け取らないと言われては何もできない。
「なんですか、せんぱい。なぜわたしを見るんですか? こんなにかわいい後輩を!」
「その最後のひと言が証明なんだよな……」
「えー、納得いかないです。こんなかわいい後輩、ほかにいませんよ?」
「うん……だから、ほかにいないって言ってるんだけどね?」
「はっ。そんな、この世に類を見ないほどかわいいだなんて。照れますよぅ」
「言ってねえ」
「んふふ……えへへへー」
ほにゃりと笑う蝶野はもう、本当に心から楽しそうで。
なんか、まあ、いいか……みたいな。
そういう気分にさせてくれる、常と変わらぬ、かわいい後輩だった。
「――てかさ、恋くん」
と、そこで首を傾げて月見里が言う。
「なんで部室なの? 買い物行くんなら、わざわざここまで来なくてよかった気がするんだけど……」
ちょうどいいタイミングでの指摘だった。
俺は一度だけ頷き、そこで全員を見回して言葉を作る。
「ああ。その前にちょっと、みんなに話があって」
「話? わざわざこうして集めて?」
目を細める妻鹿。
不思議そうなのは、ほかのみんなも変わらない。
「そう、わざわざ集めて。ほら、前のミーティングで、まだ決めてないことがあったの、思い出してさ」
「決めてないこと……ですか?」
この件は蝶野にも言っていない、本当に俺の独断だ。
きっと誰も、俺がこんなことを言い出すとは考えていないだろう。
「まあ、今年でアゴ部も三代目。つまり俺は三代目部長なわけで。だから先代と先々代にあやかって、俺なりに今年の部の方針を決めておこうかと思ったんだよ」
「部の……方針、ですか」
「ああ。まあ全員、聞いてくれ。いいか、今年の方針は――」
息を吸い込んで、それから。
……正直、どう転ぶかわかったものじゃない。
言わないほうがいいかもしれない。
それでも俺は――あえてそれを言っておこうと、そう考えた。
さて、どうだろう。
みんなはどんな反応をするだろう?
それを想像することが――俺には少しだけ楽しかった。
「――今年のアゴ部は、恋愛禁止ってことにした」
直後。
狙い通りの騒がしさが、部室の中を満たしていった――。
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