1-12『俺にとっては尊くない』3

「なーんでわざわざコトを大きくするかなー、もうっ!」


 俺を睨む月見里が言った。


 時刻は午後六時過ぎ。

 喫茶店から出た俺たちは解散して帰路についたが、その帰りしなに、月見里が俺を引き留めたのだ――ちょっとツラ貸せ、なんて懐かしい言葉とともに。


「萩枝、あれ絶対わざとでしょー。わたしは別に、ちょっと休みに遊び行こう、って軽い話のつもりだったのに。わざわざ話大きくして後回しにして……まったく」

「大きなイベントを夏休みに用意したんだから、むしろ感謝されてもいいくらいでは?」

「わたし、別に萩枝の助けとか期待してないんだけど。邪魔されたくないだけで」


 眇めるような視線の月見里は、何かこちらを疑っている様子。

 もちろん、俺もそれには気がついていた。ついさっきの話ではあるが。


「知ってるよ」

 と、だから答える。

「そりゃお前は自分でやるだろ。風道とか妻鹿ならまだしも、別にお前はやろうと思えばできるだろうし」

「……柳くんはともかく、なんでいきなり妻鹿さんの話が出てくんの?」


 やっべ口滑った。

 誤魔化さなきゃ。


「や、まあポンコツの代名詞っていうかな……大した理由ねえけど」

「いきなり悪口って……いや、そういえばふたりって同じ中学だったんだっけ? あっ、てことは伊丹もそっか」

「……まあな。つっても、蒼汰が妻鹿を覚えてるかどうかは割と怪しいけどな」

「ふぅん? クラス違ったってこと? てか、そう言うってことは、やっぱり妻鹿さんと萩枝はそれなりに仲よかったんだ?」

「まあ、俺たちはクラス同じだったからな。蒼汰よりはそうじゃないか?」

「だから気安いんだ。……萩枝がそんなふうに容赦なく言うの、ちょっと意外だね」

「……そうか?」

「んー……まあ、言っても妻鹿さんと会って、まだ二か月とかだし。なんとなくだけど」

「それ言ったら蝶野や風道も同じだろ」

「そうだけど。やっぱ後輩と同級生じゃ違うっていうか……や、単に性格の問題か」


 ――そういうもんかね、と雑に思った。

 ただ確かに新入生と転入生では、やっぱり環境も違うか。

 考えさせられるもんだ。


「何? もしかして妻鹿ちゃんのこと狙ってんの? ああいうのが好みとか?」


 と、急に間の抜けたことを月見里は言い出す。


「バカ言うなよ」


 俺は即答する――即答、できた。

 だから、さらに続ける。


「言ったろ、俺は別に彼女が欲しいとは思ってない」

「聞くたびに思うんだけど、モテない奴って結構それ言うよねー。何? がっつかない俺カッコいい的な現実逃避なわけ?」

「結構な大勢に喧嘩売るようなこと言うよな、お前……」


 言いたいことはわからないでもないが。

 実際『彼女とか欲しくねーし!』みたいな発言は、ほとんどの場合、強がりだろう。


「だって、普通に考えて欲しくない? 少なくともいないよりいいでしょ? 仮にもし、ちょっといいなって子に付き合ってって頼まれたら断らないでしょ?」


 畳みかけるように訊ねてくる月見里。

 俺は肩を揺らした。


「……風道は、そういうタイプじゃないと思うけどな」

「わかってるっての。今、別に風道くんの話してないんだけど。なんで誤魔化すかな」


 ふう、と小さく息を吐く。月見里が、微妙に苛立っているのは伝わってきていた。

 だが俺だって、根掘り葉掘り訊かれても困るというものだ。そもそも、


「なんでそんなこと訊いてくんだ?」


 そこが純粋に疑問だった。

 まさか、間違っても俺の恋愛観に興味があるとは言わないだろう。

 これまでそんな話をしたことは一度だってないのだ。

 ましてやこのタイミングで。


「……じゃあ訊くけど」

 月見里はすっと目を細めて。

「萩枝は最近、何してんの?」

「何、って」

「こないだわたしが頼んでから、なんか様子が変じゃん。今日だってそう。みんなで遊び行こうって言って、萩枝が嫌がるとか普通じゃないと思う。なんか企んでない?」


 意外と見られていることに俺は驚いていた。

 まさか、月見里に気づかれるとは。


「そうか? 俺は割と、前から面倒がりだったと思うけど」

「それは萩枝が、いつも細かい仕事ばっか任されてたからでしょ。スケジュール調整とか学校に申請出すとか、そういうの全部、萩枝がやってたから面倒がってただけで」

「月見里もだろ? だからお互い、部長と副部長を任された」

「私はあんたに巻き込まれたんだけど……実際、よくいっしょに残業したっけね。お互い愚痴も言い合ったもんだ。でも萩枝、なんだかんだ部の活動自体は楽しんでたでしょ?」

「まあな。本気で辞めたかったら辞めてる。それもお前といっしょだ」

「――だけど、それはそれとして文句は言う。最終的にはやるけど文句は言う」

「俺とお前って結構なんだかんだ似てるよな……遺憾ながら」


 お互い、そこで顔を見合わせ苦笑した。

 去年の一年間、あるいは俺がいちばん長くふたりきりで時間を過ごした相手は、月見里だったかもしれない。部室に残って面倒な事務作業をやったり、下らない雑談をしたり。

 中学のときは一時期、多くを妻鹿と過ごした。

 相手と内容が変わっただけ。


「姉貴にしろ先輩たちにしろ、とにかく思いついたこと全部やろうとするからな。こっち側でバランス取っておくほうが最終的には楽に済む……都合よく使われてたもんだよ」


 どうせやるのだ。俺が事務手続き全般を引き受けたほうが被害が少ない。

 姉貴が「校舎を使ってすごろくをしよう!」と言い出したから、教師に土下座してまで許可を取る(俺がやらないと間違いなくゲリラ開催され、なぜか俺が教師に説教される)ことがあった。

 職員室のマスを《教師に土下座、一回休み》にされて俺はキレた。


 校庭でリアルカタン、とかいう意味不明な企画を成立させるため、百均に行き様々なマットを土地に見立てるため大量に買って、ついでに当日には盗賊役で参加者からメチャメチャにヘイトも買ったこともある。解せない。

 カタン自体は名作ゲームなのでオススメだぞ。


 とにかく一年間を通して、俺はいつも文化祭の実行委員でもやっていた気分だ。

 毎日のように事務作業と書類仕事と外部折衝にばかり明け暮れたせいで、手は腱鞘炎になりかけ表情筋は笑顔の形で凝り固まってしまった。

 ……やっぱロクな思い出がねえな……。

 立案が姉貴、実行が俺という形で全てが巡っていたのが悪い。


 世の中のお目立ちになられる人間たちは、その裏側で、俺や月見里のような奴が面倒で厄介な作業を文句ひとつ言わずにこなしているってことを知っておくべきだと思う。

 いや俺と月見里は、文句もきっちり言うけれど。

 まあ。それでも――それでいいやと思えるくらいには、俺も楽しかったのだ。


 ――だって、が笑っていたから。


「楽しいことは好きだからね。姉貴の尻拭いになってる構造が嫌なだけで」


 認めるのが癪な事実は、それっぽく誤魔化すのが俺の流儀。

 しかし、それが今さら月見里に通じるはずもなく。


「それよく言うけど、萩枝、なんだかんだお姉さんと超似てっからね? マジで」

「は? いや嘘でしょ……それ名誉毀損なんだけど」


 そんなことを言われたのは生まれて初めてだ。

 似てない姉弟、とはよく言われたが。


「いや、嘘じゃないし」

 だが月見里は肩を竦める。

「自覚ないだけでしょ? てかタイプが違うだけっていうか。どっちも、一回やると決めたら超頑固なとこマジで似てるから」

「……あんまり嬉しくない評価だわ」

「ま、萩枝が自分からあっちこっち走り回って折衝してたから、なんだかんだでアゴ部もそんなに浮かなかったってのはあるからね。そこは感謝しておくけど」


 髪を弄りながら月見里は言う。

 夕焼けの空。

 茜色の道の端で立ち止まって、なんとなく昔を思い出す。


「急にそう言われると、なんだ。照れるな……や、でも俺がやんない限り誰も気にしないから仕方なくっていうかだな?」

「別に頼まれたわけでも命令されたわけでもなかったくせに。マナ先輩だって、あんたが全部やってくれるから甘えてたんでしょ、あれは。仲いい姉弟で羨ましいわホント」

「……去年に比べりゃ、今年のアゴ部は落ち着いてくれてよかったよ」


 実際には内情がハチャメチャになりそうな気配なので、ぜんぜんよくはないのだが。

 そんな考えはおくびにも出さず、黄昏れゆく空をなんとなく見た。


「さて、月見里。そろそろ帰、」

「いやまだ話終わってないし。なんか本題とずれただけで」


 ――誤魔化せなかった。

 ここで話が終わりみたいな空気を演出したのに。

 月見里には通じなかったか。


「てかそうだ。一個、訊こうと思ってたことがあるんだよね」


 そう言われては応じざるを得ない。


「あー、何?」




「恋くんは、好きな女の子とかいないのかなー、って」

「――――あぁ?」




 どこかでしたようなリアクション、再び。出ちゃうねこれがね。

 妻鹿にしろ月見里にしろ、なぜピンポイントで爆撃してくるのか問い質したい。


「え……いや、そんな怖い声出さなくてもよくない……?」

「え、ああ……ごめん」

 いやごめんじゃなくて。

「月見里こそ何、何その質問?」

「いや、何って。そんな変なこと訊いてなくない? 萩枝のリアクションこそ謎だし」

「だってお前……お前、そんなこと興味あんの? お前、俺に興味ないだろ」

「まあ、ないけど」

「ほら認めちゃうし。結構マジで傷つくんだよなあ……」


 そりゃ自分から言ったけど、何もそこまであっさり認めなくてもいいじゃない……。

 思わず表情を歪める俺。月見里は小さく息をついて、


「まあ、ほら……何? 一応、わたしから頼んだわけじゃん。面倒なことをさ」

「それとなく風道とのこと気にかけとく程度なら、別に面倒ってほどじゃないけど」


 これ本当になあ。

 それだけだったら何も面倒なことないんだよなあ……。


「そう? 他人の恋愛の話って、なんかそれだけでだいぶ面倒な気、しない?」


 ちょっと意外そうに呟く月見里だった。

 どうだろう。そもそも、俺は周りほど《恋愛》というものに重きを置いていない。

 その点で言えば、思考は似ていても対応の違う月見里とは、少し異なるだろう。


「わたしは結構、面倒臭いけどなあ。夜中とかにいきなり連絡きてさ、んで何かと思えば恋愛の愚痴なわけよ。『今日カレがヒドくてー』とか。いや今お前が酷いっつの、って話」


 そもそも俺にそんな電話は来ないわけだが。


「友達なら別にいいけどな、俺は」

「あー、それ逆だ。わたしは、むしろ友達にされるほうが面倒」

「そういうもんか……」


 今度は俺が、少し意外に思いながら頷いた。


 月見里は(アゴ部員にしては珍しく)クラスにも友達が多いタイプだ。そして、それは彼女自身がそう望んで、周りから好かれるよう振る舞っているからだろう。

 猫を被っている俺も似たようなものだが、目指す値が違う。

 俺は常に中庸――プラマイゼロの平均値を目指すのに対し、彼女は自ら積極的にプラスを目指している。

 だったら、それをむしろ、月見里は喜んでいるのだと思っていたが、違うのか。


「だってそうでしょ?」

 月見里は言う。

「人間関係って流動的じゃん。だから誰だって意識的にしろ無意識的にしろ、そういう流れみたいなのを計算してると思うんだよ、わたし。その意味で、恋愛の話って誤差っていうか、乱数みたいなものでさ。みんな、人間関係は理性の計算でやってるのに、恋愛になると感情の衝動で全部やっちゃう。誰か好きな人を想うことと、みんなで仲よくしようっていう話、どっちもいいことだってみんな言うくせに、友情と恋愛じゃそもそも反発し合っちゃうわけ。どうやったって両立しない。だって根幹からして違うんだから」


 そいつは極論だ。誰もが月見里のように、理性と計算だけで生きていない。

 いや月見里自身、それを完璧にはできていないだろう――できていると思ってもいないはずだった。

 大抵の人間は、みんな結構、感情で動いている。損得勘定なんてできちゃいない。


「要はルールが違うんだよ。グループって結局、みんなが何か同じルールを重んじてて、それが合うからつるんでるってことだとわたしは思うんだけど、その中で誰かがいきなり恋愛を始めると、重んじるルールが変わっちゃう。そうじゃない? 究極を言えば、誰が誰と恋愛しようと、それってそうじゃない人に何も関係ないことではあるんだよ」


 けれど、重んじなければならない。

 恋愛の邪魔をするのはとても醜いとされている。


 ――だってから。


 なるほど観点から感情を排して考えるなら、個人の恋愛はグループという全体に、何もメリットをもたらさないのかもしれない。

 本当は、マイナスしかないのかもしれない。


 ああ。その考えは実によくわかる。

 俺だってほとんど同意見だ。

 細部に違いはあるとしても。


「他人だったら、それこそどうでもいいんだけどね? まあ他人からいきなり恋愛の愚痴なんか聞かされないけどさ。だけど友達が恋愛するって、もうその時点で自分に何かしら影響はあるんだよね。大きいか小さいかの違いはあっても――きっとさ」

「……そういう考え方だったのか、お前」


 意外、と言うならだいぶ意外な月見里の論。

 内容というより、月見里がそれを言ったことに思わず感心したが、彼女は苦笑して。


「いや別に、今考えたことだけど」

「おい」


 俺は突っ込む。

 ――正直、かなり同感だったからだ。ほとんど同じ考えと言っていい。

 ちょっと感動すらしたというのに。あっさり梯子を外されてしまった。


「だから悪いって話でもないし。誰だって自分の事情を優先して当然でしょ? わたしもそう思ってるから、別に萩枝がいくら困ろうと知ったことじゃないよね、正直」


 そこが俺と月見里との違いだろう。

 俺は何もしないが――月見里は必要なら己の恋愛を優先する。そういう話だ。


「で? まさかと思うけど、その話するために言ったの、今の?」

「当然でしょ」

「ひっでえ話だ……要するにお前それ、俺に対して開き直ってるだけじゃん」


 俺は大袈裟に肩を揺らして、その様に月見里が笑った。


「悪い?」

「悪くは……ないな。お前は悪くない」

「ん、……萩枝ならそう言うと思ってたよ」

「ただタチは悪い」

「ひっど! まあ知ったことじゃないけどねー?」


 理解しては、いる。

 彼女がわざわざそれを口にした理由が、彼女なりの真摯さにあるということくらいは。

 でなきゃわざわざ、こんなことを言う必要もないのだから。

 迷惑をかけてしまうから。彼女はそれを知っている。

 他人の恋愛なんざ無関係でも全部迷惑だ。強制的に配慮を要求してきやがる。

 ――俺も月見里もそう思っている。


 だから《迷惑をかける》ということを、あらかじめきちんと伝えておく。

 彼女の態度はそういう意味だろう。

 それは彼女が律儀だからで、俺にはそれを責められない。


「だから、逆に萩枝が彼女欲しいってんなら、協力してあげようかと思ってさ。それなら対等でしょ?」


 挙句の果てにこんなことを言うのだから、偽悪ぶっても隠せていない。

 まったく、笑ってしまいそうになる。


「生憎と間に合ってるよ。別に彼女が欲しいとは思ってない。何度も言ってるけどな」


 だからこそ俺にはそう告げるほかないのだ。


「……ふぅん。じゃあ、好きな子は別にいないんだ? なんか寂しい男だね」

「ずいぶん掘り下げてくるな。正直、それどころじゃないんだよ割と。これでも部長って仕事は結構、忙しくてな。ほかに考えなきゃいけないことが、山ほどある」

「何それ。大してやることないでしょ、アゴ部なんて」

「そう思ってたけどね。意外と、そうでもないらしいと学んだとこだよ」


 いや本当にマジでねコレ。

 予想外の事態に対応を迫られまくってるからね。

 マジで。


 俺は肩を竦める。

 あくまで中庸――バランス主義が俺の方法論だ。


「ま、それならいいけど」

 月見里は小さく息をつき。

「じゃあ最後にひとつ。逆に女子からもし告られたら、あんたどうするわけ?」


 そんなことを訊ねてきた。


「もしって、俺がか? ねえよ、そんなことは」

「……割と女の子っぽい顔してるし、印象悪いってことはないと思うけど」

「それ俺の割とコンプレックスだってお前、知ってんだろ……」


 女顔で名前が恋ときた。

 挙句、小さい頃は姉貴のお下がりを着させられていたのだ。

 はっきり言って今となっちゃトラウマである。

 別にいいじゃんとか、そういうことではまったくない。嫌だったものは嫌だったのだから仕方ないだろう。


「生憎とお前や蒼汰と違ってモテねえんだよ」

「そういうもんかねー……これまで、本当にそういうこと、なんにもなかったの?」


 ……ふむ。ならひとつ、話してやるとするか。


「中学のとき、放課後に女子から呼び出されて校舎裏に出向いてだな――」

「あっ、わかった。もうオチ読めた」

「そう? では月見里さん、答えをどうぞ」

「『この手紙、伊丹くんに渡してください』とか橋渡しにされたんじゃない? でしょ!」

「月見里」

「え、何?」

「残念!」

「あれー、そうなの!? 当たりだと思ったのに……え、じゃあ答えは?」

「答えは『この手紙、お姉さんに渡してくださいっ!』と頼まれた、でしたー」

「――うっ、萩枝……っ!」


 口元に手をやって顔を背ける月見里だった。

 泣きのジェスチャーやめてもらっていいですかね……。


「……ジュース奢ろっか? そっか、お姉ちゃんより女の子にモテないんだね……」

「憐れむのもやめてもらっていい? もういっそ笑ってくれよ」

「萩枝」

「え、何?」

「残念!」

「はっ倒すぞ」


 しかし俺が残念なのは正解だった。

 何これ、つらっ……。


「うーん。まあ萩枝から面白エピソードが飛び出してきたし、そろそろ帰ろっか」


 伸びをするように、月見里。


「いや人の黒歴史を面白エピソード呼ばわりするなや」

「まあまあ。萩枝にだって、そのうちいいことあると思うよ?」

「なんだ、その雑なフォロー……そういうのいらねえから」

「そうじゃないけど。いや、これ本当に。近いうちに何かあるんじゃない?」


 などと言って、おかしそうに月見里は笑った。

 そんなもの真に受ける気もないが、あえて否定もせず肩を揺らす。

 本当、何かいいことあったらいいね……。最近まったくないもんですから。


「――萩枝は、もう少しくらい自分のこと考えてもいいと思うけどね」


 別れ際にそんなことを言われても。

 事実、俺はいつだって自分のことしか考えていないのだ。



     ※



 このとき、俺は気づいていなかった。

 月見里の言葉には根拠があり、俺が思ったようにただ適当なことを言っていたわけではないということに。

 いや、彼女の言い回しでは、きっと気づけなかったと思うけれど。


 それが本当に俺にとって《いいこと》かどうか、判断が分かれる部分なのだ。

 本来ならいいことだとしても、物事にはTPOというものがある。TOPかな? まあいい。


 結論から言おう。

 翌日――登校した俺は、自分の下駄箱の中に、再び一通の手紙を発見することになる。




 ラブレターだった。

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