第十九章 復讐開始6~ファルスの執念~

 同時に屋敷の庭に差し込んできたのは朝日。


「プリム、僕を拘束してる魔法を解け」


 僕が言うなりプリムは、「え……?」狼狽えながらも、一瞬で僕を拘束していた魔法を解いてしまった。


 僕はまたも血まみれになってしまったシャツのボタンを解いて脱ぎ、その場に座り込む。もはや立っているのも一苦労だった。


「どっ……どういう、ことなんですの……?」


 突然の事態にアエラが唖然として呟く。


「プリムは僕の奴隷になった。もう敵じゃない。僕は勝ったんだ」


 僕はそれに淡々とした口調で答えた。


 先ほどから、夜明け直前のあのジリジリとした大気の震える感じがしていた。だからアエラの裏切りも敢えて見逃したし、この期に及んでプリムを挑発したのだ。ギリギリだったけれど、これで僕の勝利が確定した。


「へ?」


 アエラがあんぐり口を開けたまま突っ立っている。御者も大体同じような顔だ。


「……………………フッ! わたくしの華麗な寝返り作戦にまんまと引っかかりましたわね賢者プリム!!! これでご主人様の勝ち確ですわぁ!!!」


 そう言って、鮮やかにターンをかまして僕の傍に立ち、鼻高々に「ズビシッ!」しながら叫ぶメス皇女。


 アエラ。後で覚えてろよ?


「なんにせよこれで解決だ……ああ、疲れた。それじゃ御者の屋敷でゆっくり楽しむとしようか。おいプリム、行くぞ。お仕置きの時間だ」


 僕はやっとの事で立ち上がり、プリムの肩を掴んで言った。


「はい……ファルス……!!!」

「ぐふっ!?」


 次の瞬間、僕の腹を抉ったのはプリムの右拳だった。深々と突き刺さったそれに、僕はたまらず両膝を突く。


「……どう……して……?」


 計算が間違ってた? でも薬草の数は確実に27個あった。ならば気を失ってた間の日付けが間違ってた? いや、それは御者に聞いて確認済みだ……!


「アッハハハハハハハハハ!!!!! バッカだなあ! 実にバカだよお前! そんなんだから女に騙されるんだ!!!」


 またあのけたたましい声でプリムが笑い始めた。


 なぜ、効かないんだ……!?


「アンタに飲ませたジュースあったろ? あれにはね、アンタ自身の精液が入ってたのさ! お前の体内に入った精液は体内を循環する血液の流れに乗り、あたしの魔力を右手に届ける! 結果、ラブインバースのスキル特性は破壊され、効力を永久に失うのさ! とっくにお前の勝利なんかなくなってたんだよ!!! ギャハハハハハハ!!!!!!」


 ……。


 って、なんだ。そういう事か。


「らぶいんばーす?」

「ああ、僕が勝つための手段の名さ。それが無ければこいつには勝てない」


 僕は、ラブインバースの詳細がプリムによって話される前に自ら話し始めた。大事な発動条件には触れず、怒りによって女を堕とすスキルというだけ語った。僕を絶望させるという目的さえ達成できればよかったのだろう、プリムは口を挟まない。


「そんな……ッ……それじゃ、ファルス閣下の勝利はもうあり得ない……?」

「フッ……フフフフ……! ファルス! いいえ、このゴブリンもどきめ! よっくもわたくしをたぶらかしてくれましたわね!?」


 解りやすく絶望して見せる僕の前で、アエラがまた寝返った。

 こいつはもうどうでもいい。それより大事なのは賢者プリムだ。さっさと終わらせよう。


「それじゃあどうやって死にたい? あ、そうだ、御者におちんちん噛み千切らせるってのはどうかなー? 変態レイプ魔の最後にふさわしい死に方でしょ!?」


 プリムはゲス面に浮かべた満面の笑みを御者に向けて言った。「ひっ……ヒヒィッ!?」御者は完全に怯えている。


「プリム、その場に跪け。あと僕を攻撃するな」


 そんな中、僕は淡々と命じた。途端にプリムが膝を突く。


「……え?」

「バカはお前だ、プリム。僕は解ってて飲んだんだよ。だって僕にはスキル【精飲中毒Ⅱ】があったからな。お前はしっかりラブインバースに掛かってるよ」

「そ、そんなバカな!!??!??」


 プリムは叫んで立ち上がろうとした。だが幾ら力を入れようとも膝が上がらない。とっさに僕に向けて何か魔法を放とうとしたが、それも霧散してしまう。


 完全にラブインバースの効果が出ているようだった。恐らく精神の方はまだステージ5に至ってないのだろう。だが体の方はしっかり効果が出ている様子だ。

 さっさと命令すればよかった。さっきのは僕の殴られ損だ。


「だ、だってそんなわけないじゃん!? あたし解析スキルで随時見てたんだよ……!? って!? ウッソマジである!!?? どうして!?」

「僕の右手にはめた手袋にはね、ステータス秘匿の能力があるんだ。最初はそれでラブインバースを隠していたんだけど、君にラブインバースをぶち込んでからは、【精飲中毒Ⅱ】の方にそれを使っていたんだ。自然消滅したと見せかけるためにね」

「どっ、どうしてあたしが精液を使うだなんて思いつけたのよ!? あの時点で!!」

「精液に関する危険性は、女神から聞かされてたんだ。他の誰かならともかく、賢者であるお前ならそれに気付く可能性は十分にあった」


 滔々と僕の口から述べられる事実に、賢者はグウの音も出ない。


「でもでもっ! 【精飲中毒】はほっとけば自然消滅するスキルで、維持するためには定期的に精液を摂取しなきゃいけないんだよ!? だからあたしはてっきり消えたものだと思って……ッ?!」


 プリムは途中まで言いかけて、黙った。僕の浮かべている微笑に気が付いたからだ。


「飲み続けていたよ。3日に1度。これも全てキミに復讐するためさ」


 自分の精液を飲む。そんな程度の事は、これまで耐えてきた苦しみに比べれば何でもない。


「ひっ!?」


 僕の執念に恐れをなしたのか、プリムが一歩後ずさった。


「終わりだプリム。既に発情して、僕に対する感情を押さえられなくなっているはずだ。僕の傍に来い」

「う……ウソウソ!!?? そんなのありえない!!?!!?!?」


 叫びながらも、プリムは一歩、また一歩と僕の方に歩いてくる。

 プリムの体が既にステージ5『メス奴隷』に入っている証拠だ。恐らく頭の方もステージ4にはなっているだろう。もう間もなくこいつは完全に僕のモノになる。


「残念だよプリム。しかし賢者ってのは実に愚かだね。せっかく謝罪する機会を与えたのにキミは一考だにしなかった。あの時に土下座していれば、もっと優しい形で許してあげたものを」

「……!!」

「責任を取る時だ。プリム。まずは謝罪を聞かせて貰おう。それからお前が僕らを苦しめた分、きっちり返させてもらう。ま、とりあえずは楽しい拷問かな? ああその前にきっちりレイプしてあげないとね♪」

「い……いやああああああああああああああああああ!?!?!??!?!?! 助けてあたしの中の267人賢者たちィィィッィイィイイイィィッィ!!!!!」

「!?!?!??!?」


 プリムがそう叫んだその時、不思議なことが起こった。

 彼女の周りに、金色のオーラに包まれた少女たちが立っている。どの子もプリムと同世代。全員そろって美しく、みな杖やオーブを手にしており、その身を純白のローブやビスチェに包んでいる。


 って、こいつら一体なんだ!? 召喚魔法!?


「かわいそう。今、私が助けてあげますね」


 すると、その中でひときわ輝く青髪ロングのクール系美少女が、プリムの体に触れた。

 その瞬間、太陽の光にも勝る輝きがプリムの体を覆って、彼女の体から白い液状のものを噴出させた。その液体こそは僕が先に放ったラブインバースの神聖液そのものである。


 という事は、つまり……!?


「バカな!? この期に及んでラブインバースを打ち破っただと!?!!!??!」


 僕は絶叫した。

 一度発動したのに……そんな事があってたまるか!!?!?


「キャハッハハハハハハハハハハアハハハハハハハアハッ!!!!!!」


 僕の大声を聞くと、プリムがそれ以上の声で笑い出した。


「この子たちはねー!!! 先代までの歴代賢者なの!!!! 第268代賢者たるあたしを助けるために出てきてくれたんだよ!? アハハ!!! けーせい逆転! 正義と美少女は必ず勝つのだ!!!! ギャハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」

「そんな……バカな……!」

「はいもーおしまい死んで?」


 そしてプリムがため息みたいな擦れ声で言った。杖の先を僕に向けて、そこから半透明な魔力球を発射する。それは恐らく、牢屋で僕のオリハルコン一物を踏み砕いた風爆弾だった。


 直撃すれば死ぬ。

 殆ど一瞬のうちにそれを悟る。死ぬことが解っているからだろうか、時間が酷く遅い。


 ああ、中途半端な人生だった。

 女に騙されてばかりで……せめてこいつに復讐してから死にたかった。結局復讐は成し得なかったのだ。ここまで来て、こんな理不尽な結果になって、終わりだなんて……!


「――ファルス閣下あああああああああああああああ!!!!!!!!」


 その時、僕の前に誰かが飛び出してきた。

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