第十八章 復讐開始5~VSプリム~
御者とアエラを連れて、地下牢を抜け出す。
廊下の窓から直接中庭に降りると、僕は空を見上げた。
空は大分明るい。
恐らくもう十数分も経てば夜明けだろう。その間逃げ切れば僕の勝ちだ。プリムは僕専用のメス賢者になる。
考えながら僕は、近場の石塀をよじ登り始めた。その向こうは街路だ。
アエラが一つ跳びで塀の上に立つ。僕もすぐに上がった。近頃の筋トレの成果もあって、以前なら苦戦しただろう高さの塀も難なく登れる。
振り返ると、御者だけが中庭に取り残されていた。幽閉で体力が落ちているのだろう。
「御者!」
僕は彼に手を差し伸べた。
「来なよ! キミに復讐する意思があるなら!」
「……は、はい……ッ!!」
僕がそう言うと、御者は申し訳なさそうな顔で僕の手を掴み、一気に壁をよじ登った。
よし! これで逃げられる!!
「――待ちなよ」
もう少しで脱出という時、僕らの背後で女の声がした。
振り向かずとも解る。プリムだ。
「逃げるよ!」
僕は構わず塀から飛び降りた。
ところが体が宙に浮いた瞬間、訳の分からない引力に引き寄せられて、僕の体は中庭へと戻されてしまった。
これは……【レビテーション】!
見れば御者も隣で転がされている。唯一アエラだけは庭の外に跳び出していたが、すぐに戻ってきた。
今僕の目の前には、魔法杖を片手に仁王立ちするプリムがいる。例のノースリーブのミニドレス姿で、一見完璧な美少女に見えるけれどピンク髪が豪快に跳ね上がっていた。
さっき土砂に埋もれたせいだろう。怒りで目が座っている。
「そのうち仲間が助けに来るんじゃないかとは思っていたけど、まさかたったの1人とはね……ま、ゴブリンもどきの人望じゃこれがせいぜいか。ちょっと慎重すぎたかな」
「ビシィッ!」
するとアエラが例の効果音を口にしながら、僕らの前に歩み出た。そしてその白い指先を相手に突きつけ、
「賢者プリム! アナタがこれまで行ってきた詐欺に恐喝、誘拐監禁その他、決して許されるものではありません! とりわけご主人様に対する乱暴狼藉は万死に値しますわ! 以前でしたら即刻衛兵に突き出す所でしたけれど、今のわたくしは雌皇女の身、アナタも大人しくご主人様の雌賢者となるのであれば、罪を見逃すこともやぶさかではありません!」
以前にやったのと同じような口調で、滔々と相手に裁きを下し始めた。
大人顔負けの毅然な態度と、相手の非道を正そうとする強い正義感からくるその威勢は、まさに皇女の気高さを象徴するもの……のような気がしてくる。
実際は僕という虎の威を借りた女狐に過ぎないんだけど。
「乱暴狼藉って、人んち来て暴れてるのはそっちなんだけど。つうか、あんた誰?」
「フッ! このわたくしに名乗れとおっしゃいましたわね!?」
アエラが再び息巻き始めた。
あ、名乗り始まるぞ。一番どうでもいいやつ。
「わたくしの名はアエラ! アエラ・ジオリーフ・ガウェイン・エルフィニアン・プランタジアン! 『エルフィニアン神聖帝国』の
「皇女……へー。人ってみかけによらないんだね。おバカそうなのに」
アエラが自信たっぷりにそう名乗ると、プリムがいかにも無関心な口調で呟いた。
「はあ!? ちんちくりんのアナタなんかに、見かけの話をされたくありませんわ!! さ、アナタも名乗りなさいな!!!」
「え、フツーにメンドいんだけど……ハァ……あたしは第268代賢者で……」
プリムがため息吐きながら名乗り口上をぼやき始めた、その時だった。
「――エルフィニアン皇流金雀枝拳究極【都合九含】!!!」
正々堂々という言葉は、皇女の辞書には未来永劫書かれないのだろう。
プリムが名乗り終わるのも待たず、アエラが究極奥義を放った。
それは眼前の敵を必滅する九度の蹴りを一時に放つというもの。
円を描くように上下左右あらゆる箇所から同時に迫りくる九つの蹴りは、回避不可避にして防御不可能。南部大深森の曇天を裂き月をも穿つ、必中必滅の蹴りがプリムに迫る。
「話聞けって」
だがしかし、そんなアエラの神速の蹴りをあっさり杖の先で捌いてプリムが言った。
「げっふぅん……ッ!!?」
続けて聞こえてきたのは、女の呻き声。
見ればアエラがみぞおちを杖で一突きされている。そこにいかなる威力があったのか解らないが、アエラはお腹を押さえてトトッと前のめりに少し歩くと、そのまま草場に両膝を突き、倒れ伏してしまった。
「どどどっ……どぉしてこんなに強いんですのおおおお……ッ!?」
「バッカだなー。あたし賢者だよ? 常時【
「そっ、そんなのって、あり得ませんわ……!!」
それを聞くなり、アエラが怯え始めた。
「だって同時に3つもの魔法を使えるだなんて、聞いたことありませんもの! 魔法を極めた【大魔法使い《アークウィザード》】でさえ、一度に使えるのはせいぜい2つ……魔力に秀でた優越種ですら不可能な事を、よりにもよって劣等種如きができるはずがありませんのに……ッ!」
「ハア? 何言ってんの? あたしが同時に使えるのは、267個だよ」
さも当然みたいにプリムが言った。
「……ッ!!」
アエラが絶句した。僕も絶句してる。
同時に魔法を使う、すなわち魔法の並列処理を行う場合、その数に応じて指数関数的に消費魔力が増えていくのだ。もしこいつの言ってる事が本当なのだとしたら、プリムの魔力は普通の魔法使いのおよそ……???
「2371421987580235682274733377297792835283496928595231875152809132048206089502588928倍だね。82桁違い」
僕の考えてることを察したのか、プリムが言った。
ほぼ無限じゃないか。魔王に匹敵するっていうか、最早越えてるんじゃないか?
ともかく最大戦力のアエラが瞬殺された事で、通常戦闘による勝利は不可能となった。勝てるとすれば、けた違いの魔力をも覆す僕のラブインバースだけ。
幸い空も青ずんできたし、もう数分で夜明けが来るだろう。
あと少し、なんとか時間を稼がないと。
「ふ、フン……ッ! これしきの事で……ッ!!!」
なんて僕が思っていると、アエラが立ち上がった。パッパとレース生地のショートパンツに着いた草片を叩き落とし、凛とした表情で眼前のプリムを睨みつける。
ふむ。年中食っちゃ寝のダメニート皇女にしては根性あるな。ちょっと不思議だ。
「まだやる気なの? 無駄なのに」
「フッ……誇り高きエルフィニアンの皇女に敗北の二文字はありえませんもの!!」
アエラは口元に付いた血を手の甲で拭うと、「ズビシィッ!」再びその細長い指先をプリムに突きつけた。
そして、
「さあ賢者さま!! 共にこいつらをボコしますわよ!! 賢者さまはそちらのゴブリンもどきを!! わたくしはこちらのド底辺中年労働者を叩きのめしますわ!!!!」
鮮やかにその場で鮮やかなターンをブチかますと、呆然としている御者(そう、僕じゃなくて御者)に向かって拳を構えた。
「……は?」
ここにきて、一番の驚きを見せているのはプリムだった。流石の大賢者様も一国の皇女がこんな簡単に寝返るとは思わなかったらしい。
御者も大体似たような顔をしている。多分何かの聞き間違いだと思ってるに違いない。
ちなみに僕は半ば予想していた事もあり、怒りを通り越して呆れ果てていた。
牢屋では夢中で僕の口にしゃぶりついてきたクセに、この手のひら返し。ホントに予想通りでウケる。
「フッ! どうしましたの御者! 男らしく拳を構えなさい!!」
「へっ……!? へええええええええッ!!?!!?!」
何もできない一般市民の御者に、大陸でも指折りの天才拳士であるはずのアエラが「ズビシッ!」全力で戦う構えを見せている。ライオンはウサギを殺すにも全力……ってやつとはどう見ても違った。
「いや、僕とやろうよ?」
そこで僕というウサギが前に出てみると、
「いっ、いやですわああああああっ!! だってご主人様超強いんですものおおおおお!! わたくし自分より弱い人としか戦いたくありませんわああああああッ!!!!」
ライオンは情けない事を叫んで、その金のたてがみを左右に振りながら後退した。
こいつどこまで自分の品格を下げれば気が済むんだ?
「何勝手な事言ってんだよ」
すると、テンション変わらないプリムが、アエラの後ろ脛を思いっきり蹴っ飛ばした。「ひいっ!?」今の今まで威勢の良かったアエラは、庭の芝生の上に転がって、まるで御者のように恐れおののいている。
「ご、ご主人様あああああ!!!?」
そしてプリムの足元に跪き……恐らく服従の証のつもりなのだろう、賢者のブーツにブッチュブッチュとキスしている。
うわあキモい。こんなのだけにはなりたくないぞ。
「ちょ!?……はー……まあいいや。邪魔しないなら見てなよ。あたしがする事を」
「ご、ご主人様、なにをなさるおつもりですの……!?」
「公開処刑」
言ってニヤリ、プリムが微笑んだ。杖を軽く持ち上げる。
するとそれだけで僕の体が浮かび上がった。体の自由を奪われたまま、ふよふよとプリムの前まで運ばれてしまった。
「あああッ!?」
まるで透明な十字架に磔にされたような恰好の僕を見て、御者が叫び声を上げる。
途端に僕の全身をねじ切ろうとする【レビテーション】。
ブチブチと音を立てているのは、やっと回復したばかりの僕の筋肉繊維だった。
「ぐあああああああああッ!?!?!?!」
悲鳴を上げる僕を見て、プリムが嬉しそうに目を細める。
「随分いい声出すね、ファルス。今のうち何か言いたい事があったら聞いてあげるけど?」
この期に及んで、命乞いでもしろというのだろうか? どのみち殺すクセに。
「……ぇ」
それが解りきっていたから、僕は代わりに小さな声で呟く。
「なに?」
「僕でオナニーしてんじゃねえ!! 地下まで聞こえてんだよこのドスケベ賢者!!!」
そして奴が耳を近づけてきた所で、鼓膜も破らんばかりの大声で叫んだ。
「なっ……!?!?」
途端にプリムが赤面した。周りで聞いている御者やアエラの顔を見、かと思うと右の拳を握っていきなり僕の頬を打つ。
「死ね!!!!!!!!!」
体勢の崩れた僕の鼻先に、プリムが片手の手のひらを突きつけた。そこに集まっているのは、無色透明の力のゆらぎ。魔力だった。それが無色透明の水のように集まって、ブワンブワンと僕の前髪を吹き散らしている。
もしもプリムが魔法を放てば、それで僕の命はおしまい。次の瞬間には死体になって明けの空に散るだろう。女の子特有の甘い匂いが、場にそぐわない日常感を醸し出している。
「消し炭がいい? それとも雷で黒焦げ? 氷漬けがいいかな。あーでも一気に殺しちゃうと詰まんないから目ん玉片方潰してー……」
「――アホが。僕の勝ちだ」
僕は呟いた。
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