第十四章 復讐開始1~プリム遭遇~

「それじゃ」


 レストランからの帰り道、僕はアエラと別れた。


 アエラの隣には御者がいる。

 2人はこれ見よがしに腕を組んで、石畳の道を歩いている。傍から見てると仕事のできないお父さんとお上品なその娘さんって感じだ。


 アエラだけど、今晩は御者のアパートに泊まることになった。

 御者をどっぷりこちら側に引き込むために、再度アエラを使ったのだ。体の繋がりさえできれば、御者のアエラに対する思い入れは益々強くなる。そうなれば、一人では彼女を捕まえておけない御者はますます僕に依存するしかなくなるだろう。御者は僕を裏切れなくなる。

 同時に今回よく働いてくれた御者に対する褒賞の意味合いもある。こういった細かい配慮が人心を繋ぎとめておく上では有効なのだ。


 今回に限っては更にもあるけど。


「さて、屋敷を下見しておくかな」


 僕は独り言ちた。


 さっきも話題に出たけど、ここは西地区のはずれ。ヴェルノラ卿の屋敷は近い。

 今後細かい作戦を練る時にも、現場を見ておいた方がイメージしやすいだろう。それに人通りがどの程度あるかとか、逃走経路なども確認しておく必要がある。

 御者から預かった地図を片手に、僕は屋敷へと向かった。




 ◇




 市街地のはずれまでやってきた。


 目と鼻の先には西門がある。この町に来るときにも通ったあの勇壮な獅子が刻まれた門だ。その門を見下ろす高台に建てられているのが、ヴェルノラ・ド・ブルドワ男爵の屋敷である。


 立派な中庭と別邸を持つ、石造3階建てのその建物を塀の向こうに見ながら、僕は屋敷の周りを一周する。


 そして西門前広場と高台を結ぶ緩やかな坂道までやってきた時だった。


「……ッ!!!??!?!?!」


 坂の下から誰かやってくる。

 顔も判別できない距離にも関わらず、僕は一瞬でその人物の正体に気付いてしまった。とっさに傍にあったレンガ囲いのゴミ置き場に身を潜める。


 やがて現れたのは、僕の予想通りの人物だった。


 その人物は長いピンク色の髪をまっすぐ降ろしており、頭に空色のリボンが巻かれたつば広帽を斜にかぶっている。

 身に着けているのはシンプルでシックな黒のミディドレス。裾や胸元にレース素材を多用しており、スカート部分には垂れ布ドレープ付きという凝りようだった。


 あれこそは賢者プリム。だけど見た目が全く違う。

 僕と居たときはいかにも元気っ子って感じのサイドテールにミニスカート姿だったくせに、今の格好は完全に大人っぽい。

 恰好がそうなら歩く姿も変わっていて、僕と居たときはいつも危なっかしい雛鳥みたいな足取りでそこがいつも可愛かったのに、今は背筋もピンと伸ばして貴族の令嬢みたいに見える。スタイルの良さも以前より際立ち、闇の中でこそ輝くあの猫目も女豹のよう。


 あいつ、堕とす男に合わせて身なりも変えてるんだ。

 ヴェルノラ卿は成り上がり。恐らくだけど、自分は卑しい身分の出というコンプレックスがあるのだろう。上流階級の女ほど堕としたがるに違いない。


「……?」


 なんて思っていると、いつの間にか視界からプリムの姿が消えていた。

 直前まで坂を上って来ていたのに、一体どこへ。


「――こんなところにゴブリンがいる。どうして?」


 ガラスの落ちて砕けたみたいな声が、僕のすぐ背後で聞こえた。


 恐る恐る振り返る。


 すると坂道沿いのレンガ塀の上に、直前まで坂を上っていたはずのプリムの姿があった。

 欠けた月を背にして立つその姿は、まるで夜を司る女神のよう。

 彼女は僕を見下ろして、少し困ったように目を細めて微笑んでいる。


「ねーねーゴブリンさん、こんなところで何してんの?」


 やがて僕の前にプリムが降り立ち言った。

 さっきまでと打って変わって、子供っぽい口調だ。

 調


「教えてくれないんだー。でもねーあたし、ゴブリンさんの事よく知ってるんだよねー」


 僕が黙り込んでいると、プリムが僕の肩にパン! と手を叩きつけて言った。

 顔を上げれば、そこにはゆっくり目を細めて微笑む悪魔プリムの顔がある。


「ね、さん?」

「……」

「どうして黙ってるのかな? ああそっか、今はファルなんとかって名前なんだっけ。ごっめーん、あたし興味のない人の名前覚えられなくってさー」


 そう言って口元に手を当て、ケラケラ笑って見せる。


「ねー無視? せっかくあたしが名推理したのにー。ひどくなーい?」

「……どうして、わかった?」


 覚悟を決めて問いただした。これ以上時間を稼いでも仕方がない。


「うん。全部最初から解ってたんだー。にしし!」

「全部……最初から? どういう事だ」


 そう、僕が生きていたことさえ知らないこいつが、僕の存在を察知できるはずがないのだ。

 もしそれが可能とするなら、それは……。


「うん! ねーほら出てきてー! ちゃーん!!」


 プリムが大声で呼びかけると、坂の上から駆け下りてくる中年男の姿があった。


 その男の身長はプリムと同じくらい。燕尾服を着ていて、全体的に太っており、まるで筋肉の枯れたオークのような見た目をしている。


「御者……!」


 それは、紛れもなく御者だった。申し訳なさそうな顔でそこに突っ立ち、俯いている。僕と視線を合わせようともしない。


「んふふ♪ ぜーんぶね、このヴェルちゃんから教えて貰ってたんだー! ざんねん!」


 言いながらプリムが御者の腕を取って微笑んだ。

 ここに現れた御者。そしてヴェルちゃん……という事は。


「御者が……ヴェルノラ卿だったのか」


 僕がそう呟くと、プリムが嬉しそうにコックリ頷いた。


「ふぁ、ファルス閣下……その……大変、申し訳、ございません」

「そう。確かに名前も聞いていなかったけど、キミはアエラ専属の御者じゃなかったの?」

「は、はい……去年までは御者ギルドで務めさせて頂いておりまして、アエラ様とはその頃に知り合ったのですけれど……その、以前から買いだめしていたギルド株式が、先の大戦の結果とんでもなく値上がりしまして、それで今は仕事も辞めさせていただいております。」


 なるほど。

 元御者の小成金っていうのは、自分の話だったんだな。

 そうか、それであの馬車も乗合にしては豪華だったんだ。てっきり大使館所有だと思っていたけれど、御者の持ち物だったのか。なるほどなるほど。


 ――


「じゃあ、最初からずっと僕を騙してたのか……!」


 僕はあたかも今真実を知らされた、という風を装い御者に尋ねた。

 臭い芝居だが、こういう時は臭いくらいがちょうどいい。


「い、いえっ、その……プリム様とパーティで偶然出遭わさせて頂きましたのは、その……こちらに到着した夜でしたので……ッ!」


 3週間前か。

 するとこの町に来た時、落ち着きがなかったのは単にアエラにビビってただけか。

 それは知らなかった。


「ふぁ、ファルス閣下からお話を聞いた時点で、ひょっとしてと思いまして……それであの、私……調べるつもりで色々話してましたらその……ば、バレてっ、しまいまして……!」

「は? 調べるつもり、じゃないだろー!? このゴブリンもどきと共謀して、あたしをレイプしようとしてたんだろ!!? このムッツリスケベのロリコン中年!!!!」

「そそそっ、そんなわけけけっ!!!」


 プリムに背中をどつかれ、御者は動転している。

 そうか、それで御者はプリムの事知ってたんだな。

 僕も知ってたけど。


 アエラのバカが勘繰るほどだ。主人である僕が調べないはずはない。帝国大使館の情報網で、御者とプリムの関係はとっくに調べ済みだった。だからこそ僕は彼に全てを任せたのだ。悪魔の懐に飛び込むために。


「ハハ。やられたね。万全を期したつもりが、まさか君に裏切られるなんて」


 僕は芝居を続けた。


「ふぁ、ファルス閣下。私……!」

「いいんだ。全部騙された僕が悪い。御者も中々優秀な詐欺師なんだね。驚いたよ、ハハハ」

「そっ! そんな事ありません閣下! 私が、悪……ッ!!」


 御者が僕の前に跪いて言った。するとそんな御者の肩をどついて、プリムが微笑む。


「キャハハ! これだから男はクソなんだよなー!! ザッコいクセにすぐ裏切るし!!」


 こいつ。


「あ、ヴェルちゃんさー、屋敷に復讐者バカどもお仕置きする用の牢屋作ったじゃん? あれ使おうよ。さっそくこいつ閉じ込めっから!」


 プリムはその愛らしい口に手を当ててクスクス、微笑んで言った。


 一方僕も内心ほくそ笑んでいる。

 どのみちラブインバースを仕込む段階で、僕はプリムに接近しなければならなかった。しかも相手が腹立つ事をして、その上で生き残らなければならないのだから難しい。

 そこで一度騙されたフリをして捕まろうというのが僕の計画だった。結果は見ての通り。僕を騙したと思っているから、プリムは完全に油断している。しかも御者はラブインバースの存在を知らないから、プリムも当然僕がそれを持っている事を知り得ない。


 先手を取るとはこの事だ。僕の勝利は微塵も揺らいではいない。

 今の僕は強い。生き残るための術も沢山持っている。だから今はわざと捕まってやろう。


 賢者プリム、今度はお前が僕に騙される番だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る