第九章 劣等種と優越種
エルフ族の皇女アエラが言った、その瞬間だった。
「……なッ……?!」
突然ガメオの体がぐらりと崩れた。一度は抗おうとして地面に剣を突き立てるも、そのまま剣の背にもたれるようにしてずるずると大地に伏してしまう。
やがて口からリンゴ大の泡をゴポリと吹き出すと、そのままピクリとも動かなくなった。
「お強いのでしたら、蹴られてるってことぐらい気付きませんとね」
一体いつ蹴ってたんだ?
恐らくだけど、さっきアエラの髪がブワってなった時に一撃見舞ってたんだ。
だけど何をどうして倒したのかまるで解らない。
マジで意味不明な強さだ。まるで継承者の1人【拳帝】みたいな。
「さてと……ケガはありませんでした? 劣等種のお兄様」
アエラの余りの強さに僕が狼狽えていると、彼女がハンカチを振りながら歩いてきた。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
僕はペコリと頭を下げた。
まさか助けてくれるとは思わなかった。だって僕の知ってる女はみんな僕を無視するか、搾取するだけだったから。
だからこその一物の警告、
『女は総じてクソだ。男を利用し搾取することしか考えていない』
だったんだけど。
でも世の中、こんな女もいるんだな。
多少独善的な感は否めないけど、それでも僕を助けてくれたことは事実だ。そんな女は今まで誰一人としていなかった。
だからアエラに対する評価はもちろん、今後は女に対する見方も改めなければならないだろう。この世にたった1人でも彼女のような女がいるのなら、僕のクソ女に対する復讐も考え直さなければならない。
そう、もっと法的に正しいやり方で罪を糾弾してもいいのだ。それこそが僕のやるべき復讐なのかもしれない。
なんて、僕がクズらしくもない事を考えながら頭を上げると、
「いいんですのよ。これも
アエラがハンカチで純白のドレスシャツに付いた砂埃を叩きながら言った。
「頂くって、何を?」
僕は聞き返した。
「もちろん、用心棒代に決まってますわ」
アエラが答える。彼女は逆手にした白い手を僕に突き出してきた。
「用心棒代って……キミ、めちゃめちゃ偉い人なんじゃないの? お金なんか有り余ってますって見た目してるけど」
面と向かって皇女と呼ぶのはなんとなく嫌だったので、僕はあえて言葉を濁して尋ねた。
「フン。わたくし事情がありまして、今は少々懐具合がよろしくありませんの。それより早くよこしなさい。手持ちでよろしいですから」
「ああ、わかったよ」
もちろん僕は金を払うことにした。助けてもらったことには変わりない。きちんと報酬は支払うべきだ。
そう思った僕は、腰のベルトに麻紐で括り付けた財布から300ゴールドを彼女に手渡そうとした。
1度の戦闘で支払う額としては破格だった。それこそ王様の警護が貰うような金額。
これは僕なりの気持ち。
身を挺して僕を守ってくれたアエラに対する真摯な気持ちだった。
「――手持ちでと言ったでしょう?」
なんて思っていると、突然アエラがそう言ってヒュッと逆手を動かした。
一瞬、何が起こったのか解らなかった。
おかしい。ベルトに結んであった財布がない。中には1000ゴールド、正確には200ゴールド相当の大金貨が4枚と金貨15枚、その他銀貨と銅貨が詰まっていたのに。
「ハァ……こんなものでしたの? こんなところをウロチョロしておりましたから、もう少しは蓄えがあると思いましたのに……守って損しましたわ。まったく」
財布の中身を確認すると、アエラはため息混じりにそう言って振り返った。
僕の財布を道端にポイっと投げ捨て、馬車に向かって歩き出す。
「いやちょっと待てよ!!! 幾らなんでも高すぎでしょ!!?」
僕は慌ててその背中に追いすがった。
1000ゴールドと言えば大金だ。裕福な農家の年収の半分くらいの価値はある。それを丸ごとだなんて、幾ら何でもふざけてる。
なんて思ってるとアエラが振り向いた。その顔に張り付いていたのは怒り。なんで逆ギレしてるんだこいつ。
「触らないでくださる!!??」
次の瞬間、僕の腹に深々とボディーブローが突き刺さった。
一瞬目の前が暗転する。
体の深部に熱いものを押し当てられたような感覚がした。時を跨がず襲い来る鈍痛。まるで沸騰したヤカンの中身をぶちまけられたような痛みが腹部を中心に広がってくる。背筋を這いずるのは重度の悪寒。賢者プリムに殺されかけた時の感覚が戻ってくる。
「……う……うえぇ……ッ!?!?!!?!?」
腹の底から込み上げてくる嘔吐感を押さえきれず、昨日エリスと食べた夕食をぶちまけてしまった。
胃液混じりの消化物が砂に混じり広がる。
地面が近い。
というか、視界が逆さまでしかも斜めになってる。
どうやらさっき暗転した時に膝を突いて、僕は丸く身を伏せってしまっていたらしい。視界少し先で気絶してる魔法使い風の男と同じ姿勢だった。頭がグワングワンしているのは、呼吸困難に陥ったからか。
そのままゲロの上に体を倒しそうになって、慌てて体を起こそうとする。
激痛。
強度の腹痛が僕を襲った。アバラでも折れたのか、腹に鋼鉄の針でも撃ち込まれたような痛みが走って、僕はそれ以上身動きが取れなくなってしまう。
とっさに身を支えようとした腕も肘もガタガタと震えるばかり。鏡を見ずとも顔面が蒼白になっていくのが解った。結局ゲロの上に体を横たえる。
し……死ぬ……ッ!?
「ねえ劣等種。馬車、乗りたいですわよねぇ」
僕が苦痛に喘いでいると、突然アエラがその場にしゃがみ込み、僕の前髪を掴んで持ち上げた。長旅のために脂ぎっていた髪の毛が数十本、まとめてブチブチと音を立てて抜ける。
痛……ッ!?
痛いいいいいいいいいいッ!!!?!?!?
アエラの力はすさまじく、髪の毛と一緒に頭皮までぶち抜かれた。ちょうどいい痛みに痛覚神経が総立ちで反応している。痛みだけで気絶してしまいそう。
「乗りたいですわよね? だってこんな道端で休んでおりましたら、目を覚ました盗賊たちにブッ殺されてしまいますもの」
血まみれの顔を歪めている僕とは正反対に、アエラはニッコリ笑顔だった。更に片目まで瞑って見せる。
「乗りたいのでしたら乗せて差し上げなくもありませんわよ? ただし運賃は1000ゴールド。今は手持ちがないでしょうから、後払いでかまいませんわ」
こ……っ!?
この上まだ僕にまだ金を納めろって言うのか!!?!?
この期に及んで恩着せがましいアエラの言い様に、ブチンブチンと音を立てて、僕の脳内神経がねじ切れていく。
「なんですのその目。生きて帰りたくないのかしら? ああ、わたくしせっかく善行を積みましたのに、これでは後味悪いですわぁ」
「ぜ、善行って……どういうことだよ……!?」
僕の疑問を聞くなりアエラはクスっと笑った。今度は口元も隠さない。
「だって全部アナタが悪いんですもの。こんな所を歩いているのも、弱いのも、ついでに言えば無駄に金を持っていたことも全部。ですからほら、本当ならお金も命も盗られて然るべきだったのですわ。それをこのわたくしに助けてもらったのですから、当然感謝して頂きませんと」
ブチブチブチィッ!!!!
そのフザケた物言いに、僕の理性を保っていた神経が一斉にブチ切れた。
「ちょ……ちょっと待てよ……ッ! それって、さっき盗賊たちに対してアンタが言ってた事と同じじゃないか……ッ!?」
そう、こいつの主張は完全に矛盾している。
だってこいつはさっき、盗賊たちに説教していたのだ。『自分のしてる事を他人のせいにするな。全部お前のせいだ』って。
なのにそれをそっくりそのままこいつ自身がやってる。
僕が彼女に金を盗られるのは、こんな所をほっつき歩いてる僕のせいだなんて言い出してるのだ。これじゃ理屈が通らない。
僕がはっきりその点を指摘すると、アエラは意外そうな顔で「フッ」と微笑んだ。
「なにをおっしゃるかと思えば……ええ、もちろんそうですわよ? わたくし先ほどそう申しました。ですけどわたくし皇女ですから? アナタ方庶民と違って、自分の発言に責任なんて持つ必要ありませんの」
……なっ……。
なんだその
『皇女だからオッケー♪』とかそんな理由あるわけねえだろうがあああああああああああああああああ!!!?!?!?!?!?!
女の舐め腐ったセリフに、僕の一物が烈火の如くに怒り出した。
一瞬で股間がビンと勃ち、先っぽから火山弾の如き
「アナタ
アエラはわざとらしく中腰になり、まるで5歳の子供にでも言い聞かせるかのように僕に目線を合わせながら言ってきた。
その猛烈な一言一句が鼓膜に突き刺さってくると、今股間で噴出した怒りが再度沸き起こってきた。このクソ女をブチ犯してやりたくて仕方なくなる。
「……は……ぃ……わ……かりました……町まで、連れてってくださったら……全額、お支払い、しますぅ……なんでも……させていただきますぅ……!」
それら、胃の内容物以上に込み上げてくる怒りを何とか飲み込み、目に涙まで浮かべて僕は嘘を並びたてた。
落ち着け。
今はまだその時ではない。
全力で情けない男を演出するのだ。
この女に復讐してやるために。
「フッ。聞き分けのいいゴブリンなら、飼ってあげなくもありませんわ」
もはや
アエラはわざとらしくそう言いながら、急に掴んでいた髪を離し、僕をゲロの只中へと叩き落とした。僕の左頬から顎から胸元まで、べっちょりとゲロが着く。
「汚い。砂で洗いなさい」
言いながら、アエラがブーツのカカトで僕の後頭部を踏み抉る。
胃液と消化物と砂と血の混じったものが口に入ってジャリジャリ言う。嘔吐物の生臭い匂いが鼻の内側を抉るように突いた。それでもアエラは踏むのを止めない。
「フッ……いいですわね? アナタの残りの人生は全てこのわたくしのもの! これから一生コキ使って差し上げますから、帝国皇女に仕える悦びに打ち震えて感謝なさい!」
「ごっ!……がっ!……ぶえぇッ……!!!」
二度三度と踏みつけられ、ようやくアエラのブーツが遠ざかっていった。
辛うじて首だけ動かして見上げると、彼女はもう僕の事は顧みずに盗賊たちの傍にしゃがみこんでいる。そして倒れた男たちの懐中から大金貨だけを抜き取り、スカートのポケットに仕舞っているのだ。やってる事が完全に盗賊だった。
どうして彼らは裁かれたのに、この女は裁かれないのだろう?
皇女だから何しても許されるとか、そんな理由があっていいものか。
『これが女なのか……!』
その事実に、僕の中のアルスが愕然としてしまっていた。
賢者プリムの時と同様、この期に及んでもまだ女に対して怒りを覚えられない彼は、ただただその事実に絶望しているだけだ。
『女なんか信じるから騙される』
一方僕の一物は、ますます怒張して透明な吐しゃ物を下着に塗りつけながらもアルスを優しく諭してくれていた。
そして、この両者が統合したところの覚醒人格である『僕』ことファルス・ジェイ・ダマンドは今、
「……クックッ……クックックックッ……ッ!!!」
笑っていた。
未だに全身を駆け巡る痛みで頭が狂ったのではない。
これから先の未来を想像したからだ。
あの見た目と身分だけのクソ皇女が、今の僕同然に地面に這いつくばって、涙ながらに命乞いする様を見てみたい。
純白のドレスシャツを引き裂き、たわわに実った乳房を思うさま揉みしだいて、苦痛と快楽に喘がせたい。そうしたなら露わになったヘソに思いっきり拳をぶち込んで泣かせ、それから張りのいいケツを引っぱたいて壁に押しつけ、強引に股を開かせて後ろから突きまくってやるのだ。そうしてあの鼻持ちならないプライドを粉々に打ち砕き、二度と『皇女だから』なんて理屈で悪事を働けなくしてやる。奴隷になるのはお前の方だ。
そんな諸々を考えているうち、内心の怒りに呼応するように右手の紋章が熱くなってきた。まるで精液でも吹っ掛けたみたいに。
どうやらラブインバースの準備ができたようだ。
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