第三章 プリムの優しさ

 村を旅立って一週間が経った。


 時間は夜。


 僕とプリムは森の中の開けた場所にテントを張り、キャンプをしている。

 辺りはひっそりとしていて、焚火のパチパチ弾ける音以外何も聞こえない。

 煮て柔らかくした干し肉入りのスープとパン、ドライフルーツの簡単な夕食の後、僕はプリムに自分の昔話をしていた。


「は!? それひどくなーい!?」


 焚火の前に座っているプリムが叫んだ。


「プリムもそう思う?」


 尋ねながら僕も彼女の傍に座る。

 ぴったり肩をつけるように座ったけど、プリムは少しも嫌がらない。それがすごく嬉しい。


「おもーう! っていうかその女……あー、名前なんだっけ?」

「エルザ」

「そー! そのエルなんとかってやつ! マージムカつくんだけど! なーにが『女々しい』よ! あーその時あたしがアルスの恋人だったらな!? その女の鼻っ面蹴っ飛ばしてあげたのに!!」


 言いながら、プリムがブーツの踵で近場の石を押しやるようにして蹴った。


 生まれた時のこと、家族のこと、学校のこと。

 僕がずっとイジメられてきたことを話すと、プリムはものすごく憤慨してくれた。僕以外の人が僕の事で怒ってくれるのはとっても嬉しい。

 今まで誰一人として僕の味方になってくれた人はいなかったから。


「プリムはどう思うかな。やっぱり僕が悪い?」


 だから、僕はついそう尋ねてしまう。

 プリムが僕の味方であることを、もっと強く感じたかった。


「ううん! ぜーんぜんアルスは悪くないよ! 女のあたしが言うんだから間違いない!」


 すると、やっぱりプリムは断言してくれる。

 見るも可憐な美少女にして世界最強賢者のプリムがそう言ってくれたので、いかにも心強かった。ずっとしょぼくれていた僕の人生も、だいぶマシになってきた気がする。


 あ、なんだか涙が出そう。僕ってこんなに涙もろかったかな……?


「……でもね……僕、実は……エルザの事大好きだったんだ」


 そんな気持ちの高ぶりもあり、僕はついプリムに最大の黒歴史を披露してしまった。


 そう。

 僕は順位認定のトーナメント型試験の会場で、義妹のエルザにボコボコに負けたんだけど、それから暫くして彼女に告白してしまったのである。


 どうしてそんなバカげたことを?


 って自分でも思うけどしょうがない。でもあの後すぐに僕は思い直したんだ。

『エルザはきっと僕の事を想って、あんな厳しいことを言ってくれたんだ』って。

そんなわけないのに、そんな妄想に縋り付くことでしか、あの時の僕は自分を保てなかった。


 だから僕はある朝エルザが起きるのを待って、彼女に試合の時のことを感謝したんだ。『ちゃんと怒ってくれてありがとう。お陰で僕は自分の愚かさに気付けた。だから君に感謝してる』って。

 そしてその時に、一緒に僕の気持ちも伝えたんだ。

『エルザ。キミの事がずっと好きだった。色々問題あるって解ってる。だけど必ず乗り越えて見せるよ。だから僕と付き合ってほしい』って。

 それは嘘偽りない本当の気持ちだった。

 そしたら。


『アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』


 急に甲高い声で笑われた挙句、先に学校に行かれてしまった。

 そしてその日のうちに学校中の生徒に僕の告白を言いふらされ、しかも二度と僕がそんな事できないようにって、エルザの親友らしいイケメン連中がやってきて僕をボッコボコに叩きのめしたんだ。

 あの日の事は僕のトラウマになってる。


「……」

「あれ、落ち込んでる?」


 落ち込んでる。

 何か言わなきゃとは思うんだけど、何も言えない。

 気持ちとしては勿論うれしい。プリムのお陰で今僕はすっごい落ち着けてる。

 それでも口から出そうになるのは、エルザに対する怒りとか、無力な自分に対する失望ばかり。だから今何かしゃべっても、プリムに対する押し付けにしかならないだろう。下手すると彼女を傷つけてしまうかもしれない。


 僕がそう思って黙ったままでいると、


「アルス、あたしを見て」


 突然プリムが僕の手を掴んだ。そして僕の目を見て、


「アルスさま! どーかあたしと付き合ってください!」


 まるで哀願するような口調でそう言った。


「……へ?」


 僕は呆然としてしまった。

 だって意味がよく解らない。プリムと僕はもう付き合ってる。

 そりゃ、キスだのなんだのはまだ一度もしてないけど、でも今更プリムの方から僕に告白ってそれなんの意味が……?


「あ、ほら、ダメじゃーん。ここは冷たくあしらわないと。だってアルスは本来フる立場なんだから♪」


 そう言って、ネコみたいな目で悪戯っぽく真剣に笑って見せた。


 その瞬間、僕の頭の中が真っ白に弾けた。

 続けて出てきたのは、大粒の涙。

 なんで僕泣いてるんだ?

 ……そうか。

 プリムは僕の男としての価値を認めてくれてるんだ。

 それが何より嬉しかった。だって僕はゴミじゃない。きちんと人から愛される人間だって、それを今プリムは証明しようとしてくれてるんだ!


「プリム……ッ……!!!」


 涙をふき取る事もできずに、僕はそのままプリムの肩にしなだれかかった。


「なーに?」


 プリムは僕の方に向き直し、両腕で僕を優しく抱きしめてくれる。


「うっ……ううっ………うあああああああッ…………ッ……!!!」


 その瞬間、堰を切ったように声が溢れ出した。涙は止まらない。鼻だってグズグズだ。

 だって、こんな風にして貰った事は一度もない。母親にさえ抱かれた事はなかったんだ。僕はあいつの息子じゃなかったから。


「落ち込まないでー。アルスにはあたしがいるじゃん。アルスの価値がわからない奴らの事なんか、もう考えなくていいよ。ってかそいつらバカだからさー。ゴブリン並みの脳みそしかないから、アルスのすごさが一ミリもわかんないの。わかる?」

「……」

「でも、あたし的にはありがたいけどねー。だってアルスみたいな男独占できるわけでしょ? サイコーだもん! あー見る目が無くてよかった!!」

「……そうだね、ありがとう」


 僕はようやく頷いた。


 誰もが崇める賢者でありながら、大陸屈指の美少女でもあるプリム。そんな子からこんな風に励まされて、僕は気持ちがかなり楽になっていた。肩の荷が下りたって、こういう事を言うんだろうな。胸がスッとしてる。

 母親を殺したいと思った気持ちも。

 義妹を犯したいと思った気持ちも。

 義妹を慕う男子連中にボコられて、もはや怒りすら感じられなくなってしまったことも。

 みんな溶けて崩れ去ってしまった。

 後に残ったのは、純粋な好意。

 プリムが好きという暖かい気持ち。

 これだけだった。


「……」


 僕はプリムを見つめる。


 プリムを愛したい。

 今この場の勢いで、プリムの蜜みたいに甘そうな唇に僕の乾いた口を押し当てて、そのまま押し倒したい。

 プリムは抵抗することなく僕を受け入れてくれるだろう。彼女は本当の意味で僕を理解してくれてる。

 そのピンク色の髪を掻き撫で、彼女の暖かい素肌に指を当てるのだ。そして弓なりに反った彼女の体を楽器みたいにかき鳴らせる。

 それだってきっと彼女は喜んでくれるだろう。時々くすぐったそうに笑いながらも、二人果てるまで気持ちよくなってくれるはずだ。


 ああ、世界はなんて甘美で幸福に満ちているんだろう!

 こんな暗い森で2人きり、互いを求めあって抱きしめ合うんだ!

 これこそ愛と呼ぶにふさわしい神聖な男女の営みじゃないか!!


「プリム」「……」


 僕とプリムは見つめ合った。やがて僕が手を伸ばすと、


「今日はもう寝よっか?」


 プリムが照れくさそうに微笑んで言った。

 彼女は立ち上がると、パッパとスカートについた土埃を払った。そして僕が呼びかける間もなく、自分用に建てたテントの中に入ってしまう。


 後には僕と森と焚火だけが残されてしまった。プリムの居なくなった世界はとても寂しい。


「……」


 僕はチャンスを逃したことを悟った。


 まあ、また機会はあるさ。僕とプリムはこの先ずっと冒険するんだから。

 そうだ、すべてが終わったらプリムにプロポーズしよう。そしてどこかの町に屋敷を買って2人仲良く暮らすんだ。今度こそ僕は幸せな人生を送る。


 そんな明るい未来に想いを飛ばしながら、僕は自分の股間を見た。


 ダメだ。

 今日はずいぶん興奮しちゃってる。処理しないと眠れそうにないぞ。

 ああ、プリムもこっそり僕に隠れて弄ってたりするのかな……。


 そんな彼女の姿を妄想しながら、僕はテントから死角になってる木の影でこっそり自分の性欲を処理した。

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