第二章 告白


 翌昼。


 僕はプリムに言われたお金を持って、村はずれの共同墓地にやってきていた。


 なんで墓地? って思うかもしれないけれど、場所はプリムに指定されたのだ。

 彼女いわく『村の中は恥ずかしいから』らしい。


 たしかに僕も恥ずかしい。それにレオンの奴に見つかったりでもしたら、最悪プリムを取られてしまうかもしれない。


 女の子はみんなレオンみたいなチャラ男が大好き。この村に来て僕が一目ぼれした村娘もそうだった。いかにも清楚でおしとやかな感じだったのに、気が付けばレオンの女だ。


 僕からすれば『は、なんで?』って思う所だけれど、レオン曰く『メスは強いオスが好き』だからだそうだ。それが自然の摂理らしい。


 レオンは僕よりも圧倒的に強い『オス』。

 だから納得するしかない。


 結局、優しさや贈り物で相手の関心を得ようとするのは無力な奴隷身分の男がやることなんだろう。

 それだって女からの一方的な搾取に遭うに過ぎない。

 だって所詮奴隷だから。奴隷とお姫さまの間に恋愛感情が生まれるなんてのはお話の中だけ。

 なんて思ってしまうのは、僕の心が擦れてしまっているからだろうか。

 ともかく、そういう不安があったから僕は墓地で会うことを承諾した。


「……」


 だけどプリムは中々やってこない。いつもの事とはいえ、いつも以上に不安だ。


「あ、勇者さまー!?」


 なんて思ってると、背後で待ち望んだ声がした。


 振り返ると、いつものミニドレスに杖を背負ったプリムがいる。

 僕と目が合うなり彼女はニコニコーッと笑って手を振り、そのまま僕の元まで駆けってくる。風で翻るスカートの生膝が眩しい。


 やっぱりプリムは可愛い。

 今さらながら、こんな美少女と出会えた事が奇跡に思える。


「勇者さま、そのー……お金なんだけどぉ」


 プリムが僕の顔色を窺いながら猫なで声で言った。


「はい」


 僕はさっそくプリムにそれを手渡した。


 ただし金貨じゃない。

 僕が渡したのは大きなダイヤモンドが付いた指輪。

 1500ゴールドなんてはした金じゃない。それ1つで2万する高級品だ。一般人なら3年は遊んで暮らせる。


「え……うわあああああっ!? こ、これっ、ホントにいいのーっ!?」


 たぶん【鑑定】スキルで確認したんだろう。

 正真正銘ホンモノの輝きに、プリムが両腕を上げて喜んでいる。


「うん。これも世界を救うためだから」


 僕はプリムの傍に近寄り言った。

 普段は籠りがちな自分の声が、ちゃんとプリムの耳に届くように。


「ホントにありがとーっ! あたし勇者さまってー、控えめに言ってだーい好きッ!」


 するとプリムが大手を振って喜んでくれた。言いながら早速指輪を中指にはめてる。


 ちなみにこの指輪だけど、僕としては婚約指輪のつもりでプレゼントしてる。それをはめたってことは、つまりプリムは僕の恋人ってこと。

 なんていうのは勿論モテない男の妄想だけど……でも、そんな妄想がとっても楽しい。

 ああ、プリムと付き合えたらな。

 そしたら暗い人生も一気に明るくなるのに。でも僕みたいなスキルなしの無能地方領主じゃ、絶対あり得ないだろうな。


「それでね、あのねー?」


 そんな調子で僕が内心落ち込んでいると、プリムが指輪を太陽にかざしながら言った。


「実はー……あれから勇者さまの装備とか旅のルートとかも考えてたんだ、そしたら……」

「……ひょっとして、足りない?」


 僕は先を予想して尋ねた。


「うん」


 あっけないぐらい簡単にプリムが頷く。

 一応それ世界一周旅行にだって行ける金額なんだけど、それでも足りないのか。


「あと50万ゴールドぐらいかかるって事が、わかってー」

「ごっ、50万ゴールドぉッ!!??!!?」


 あまりの金額に僕はビックリして叫んでしまった。


 そんな金、僕でも持ってないぞ。

 だって僕の年収の軽く10年分はあるから。そんな金をもし作るとしたら、領地も屋敷も全部手放すしかない。


「うん。あたしの装備みんな強化されてる上に属性付与されまくってて、直すのにこの指輪10個分くらいお金かかるんだ。それ以外に路銀も必要だし。勇者さまも一級品装備しなきゃじゃない? そうなるとさー、やっぱ最低でも50万は必要なんだ。それでー……」


 プリムのする説明に、僕はもう何も言う気になれなかった。

 いや、さすがにそんな金額は払えない。はっきりそう言おうか迷っていると、


「…………………………あたし、体売ろうかなって」


 長い沈黙の後、プリムが言った。


「はあ!?」


 僕はまたも驚いてしまった。50万ゴールドよりよっぽどビックリだ。


「あたしって一応見た目はまあまあっしょ? だから、頑張ればけっこう稼げるかなーって思ったの! そしたらほら、勇者さまにあんまり無理言わなくてすむし!」


 確かに、売春なら旅しながらでも気軽に稼げる。

 プリムの見た目なら客はひっきりなしだ。一晩で1000ゴールドぐらいは楽に稼げるだろうし、それに錬金スキルで避妊や性病にかかった際の特効薬も作れる。


 だけど、それだけは絶対にしてほしくない稼ぎ方だった。

 僕のプリムが、レオンみたいなクズで汚いチャラ男連中に抱かれると思うと吐き気がする。


「だから、あたしの方でなんとか40万は稼ぐからさ、勇者さまにはその5分の1の、10万ゴールドだけでも払ってもらえないかなってー……って、いっくらなんでもムリだよねー。アハハ」


 プリムが人差し指の先でほっぺをポリポリ掻きながら僕に言った。


 プリムは優しい。

 そしてとっても健気だ。だって体まで売って、それでもみんなのために尽くそうとしてるんだもの。そんな女の子見たことない。

 賢者プリムの献身に、僕は思わず涙ぐんでしまった。

 この期に及んで自分の事ばかり考えていた自分が恥ずかしい。


「そんなのダメだよ! プリムは世界を救う賢者なんだろ!? 体を売るだなんてそんな……絶対ダメ! 何か方法があるはずさ!!」


 僕は全力で止めた。

 平和はみんなのものなのに、プリムだけが代償を支払うなんて間違ってる、そう思ったからだ。

 だけどプリムは困り果てた顔をする。


 どうしてそんな顔をするんだ、プリム!?


「でも……それじゃー、どうしたらいいかな? いくらあたしだって、この装備だとキッツいし、王さまの支援金もギリギリしかないし、そもそもあたし、実は借金だらけなんだよねー……」


 プリムの声が、だんだん小さくなる。今にも泣き出しそう。

 ここで僕が止めなければ、プリムは本当に体を売っちゃうかもしれない。


「わかった! 金なら僕がなんとかするよ! だから自分を安売りするような真似だけは、しちゃいけない!!」


 僕はここぞとばかりに叫んだ。

 村と屋敷、両方売れば50万にはなる。やっと建てた屋敷だけど構うもんか!

 世界を、いやプリムを救うんだ!


「いや、それはダメだよ……だってそんな……そんな大金払ってもらっちゃったら、あたし……返せないよ。一生かかってもムリだよきっと……」


 だけどプリムはそんな僕の申し出を断ってきた。


 やっぱりこの子はいい子だ。

 申し出を断られた事で、僕はプリムを完全に理解した。

 だってお金が欲しかったなら、今ので即座にオーケーしたはず。

 やっぱりプリムは詐欺師なんかじゃない。彼女は世界を救う賢者で、勇者である僕が守るべきヒロインなんだ!


 そう思うと、僕はもう高まる気持ちを抑えられなかった。

 今こそこの気持ちを伝える時だ!


「いいんだ! お金なんか返してなんてもらわなくて! その……僕は……プリムの事が……だっ……大好き、だから!!」


 そう思った僕はつい告白してしまった。


 実は昔こっぴどくフラれた事があって、それ以来僕は女の子に告白するのが怖くなっていた。それでプリムを好きになってからもずっと気持ちを打ち明けられなかったんだけど、とうとう告白してしまった。


 これでフラれるなら本望。

 運命の女神さま、貴重な出会いをありがとう。僕はプリムのこと一生忘れないよ。


「へ……? ゆ……勇者、さま……?」


 果たして僕が告白した事に気付いたのか、プリムの表情がガラリと変わった。

 一瞬驚いて、それから左右に視線を逸らしたかと思うと、急に縋るような目で僕の顔を見つめてきた。そして、


「マジマジッ!? 嬉しーッ!! そしたらあたし、勇者さまの彼女になるね! それなら50万貰っちゃっても何の問題もないっしょ!!?」


 プリムがその大きな目をパチパチッと瞬かせて叫んだ。


 そっか。

 やっぱりそうだよね。いくら勇者と賢者だからって、世界を救う旅と恋愛はまた別。そんなのわかって……。

 ……って!?!? 


「いいいいっ!? 今プリムはなんて言った僕に笑顔でえええっ!!??」

「?? あたし『勇者さまの彼女になる』って言ったんだけど♪」


 プリムがちょっと惚けた笑顔で小首をひねり、大事な言葉を繰り返し告げてくれた。


 って事は、つまり……!

 え、彼女!?!?

 彼女って!?!?!?

 やった!? プリムに告白成功したぞ!!!!?

 僕はプリムとここっ……恋人同士になったんだあああああああ!!!!!!


「ぷぷぷぷぷぷぷっ……プッヒッムぅうううううぅぅぅウッッ!!!!!!」


 興奮のあまり彼女の名前を叫んでしまった。

 高揚感に胸を突き動かされ、居てもたってもいられなくなった僕はプリムの体を抱きしめる。サッと花の雫みたいな香りが僕の鼻腔を突いた。

 なんて華奢な体なんだろう!

 もう二度と離さない!!


「……ッ!!??」


 なんて思っていると、僕の腕の中で一瞬プリムが顔をしかめた。すぐに笑顔に戻る。


 あ、あれ、痛かったかな!?

 それともちょっと汗臭かった!?

 今朝も念入りに水浴びしてきたんだけど……!


「ごっ、ごめん……ッ!!」


 僕はプリムから離れると、落ち着くために二度三度胸に手を当ててため息を吐いた。

 それから改めて彼女の顔を正面から見つめなおす。


「でもね、プリム。僕、決めたよ。明日、この村を旅立つ。一緒にこの世界を救おう!」


 そして言った。

 自分の言葉が感動的過ぎて、涙が溢れてくる。

 こんなヘタレな僕だけど、やっと旅立ちを決意できたぞ!

 これも全部プリムのお陰なんだ。彼女の愛が僕の勇気を目覚めさせてくれた!!


「………………うん! さっすが勇者さまだ! すっごく勇気ある!!」


 僕が涙に濡れた目を擦っていると、プリムが笑顔で旅立ちを祝ってくれた。

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