第一章 女賢者プリム
翌朝。
僕は村の噴水広場に立っていた。
羽付きのコートに、特注の絹糸ズボン。髪も油を塗ってきちんと整えてある。香水はちょっと大人なバラの香り。できる限りのオシャレをしてきた。
なんでかって、これから僕はデートなのである。
相手は昨日言ってた『心当たり』の人。
待ち合わせ時間は過ぎちゃったけれど、いつもの事なのでそんなには気にしてない。彼女は忙しい人だから、ちょっとぐらいの遅刻は仕方がないのだ。
「あ、勇者くん、待ったー!?」
それから更に20分ほど経った頃、坂の向こうから1人の女の子が駆け下りてきた。
氷魔法で小さな手鏡を作り、それで前髪を確認しながら歩いてくる。
彼女の名前はプリム。
この世界でただ1人、【賢者】に選ばれた女の子。今は魔王討伐のために仲間を集める旅をしてる。
その見た目を一言で表せば、妹系の元気っ子だろう。
子供とは思えないほどスタイルがいいのは、彼女の実年齢が18だからだ。
吊り目ながらも大きくパッチリとした目。初キスもまだらしいその唇は、まだ誰にも吸われた事のない蜜で潤っている。
短めのスカートからすらりと伸びた生足に、容赦なく僕の目は引き寄せられてしまった。
――チンコギンッギンだぜ!
昨夜のレオンの言葉が脳裏によぎる。
……孕ませて、やりたい。
「ごっめんねー! 遅くなっちゃってー! 勇者くんのために色々してたら時間経っちゃったの!」
言いながら、プリムがサイドテールに結んだハート形のリボンに触れた。
ただでさえ可愛い女の子が、僕なんかのためにオシャレしてきてくれた。
それがめちゃくちゃ嬉しくって、彼女が遅刻した事なんかどうでもよくなる。
「でもでもっ、誘ってくれて超嬉しー! ねーねー今日はどこいくー? あたし勇者くんの好きな所いきたーい!」
言いながら、さっそく僕と腕を組んで歩き出そうとしてくれる。
プリムが今着てるのは、ノースリーブのミニドレス。少し背伸びをした格好は、きっと年上の僕に合わせるためなのだろう。レースの薄生地越しにプリムの乳房がダイレクトにその触感を伝えてくる。女性に全く慣れていない僕は、この未知の感触にびっくりして立ち止まってしまった。
顔が熱い。女の子の甘い匂いに頭がくらくらしてくる。
「あれれ、どーしたの? なーんか調子悪い?」
言いながらプリムが、心配そうな目で僕の顔を覗き込んできた。
「ごっ、ごめん!!」
たまらず僕は顔を背ける。
プリムは僕に優しい。今だって僕の顔色を窺ってくれてるし、彼女の話題の中心はいつも僕だ。それだけで涙がこぼれそうになる。だって今までこんなに女性から大事にされたことは無かったから。
僕の母は、僕には一切興味がない人だった。
なぜなら僕はうちのエロ親父がメイドとの間に作った子供だったし、しかも後から生まれた義妹のエルザが剣術の天才だったから。
しかも義妹は義妹で僕が大嫌いだった。
小さい頃は『お兄ちゃん』なんて慕ってくれてたけど、段々母親に似てきて僕を毛嫌いするようになった。家でも街中でも会うたびに毛虫でも見るような目で見下してきて、溜息吐くようになった。
そんなある日、僕が通っていた王立学校の剣術科で行った中高一貫の
その一回戦で義妹と当たってしまった僕は、なんの言い逃れもできないぐらいにボッコボコに打ちのめされてしまった。
当時義妹は中等部に上がったばかり。自分より5つも年下の女の子に僕は何一つ抵抗できずに敗れてしまったのだ。
そんな僕の姿にクラスメートたちが一斉に嘲笑してきた。あいつらだって義妹には勝てっこなかったのに。
そしてみんなが嘲笑う中、義妹は言った。
『アンタって女々しいのよ。いっつも自分の不幸を他人のせいにして』
天才のクソ膜ブチ犯してやるって思った。
僕の女性に対するレイプ衝動は義妹のせい。
それからはもう自分自身さえ嫌いになって(何しろ女を見るたびに、訳もなくイラついたり、異常なほどムラムラしたりするのだ)、学校でも家でもとにかく目立たず地味に生きることに決めてしまった。
自分の人生を壊滅させた『女』とは特に関わりを持たないようにして。
ところが同じ女でもプリムだけは違った。そんな僕の『ブチ犯すぞ』オーラなんか一切気にせず、僕に好意を寄せてくれたんだ。
彼女の愛を感じた時、それまで僕の心を凍り付かせていた憎しみがみんな溶けてしまった。
まさに人生の雪解け。
青春が訪れた瞬間だった。
――でも。
だからこそ今、僕は不安だった。
だって、そんなプリムを疑わなくちゃいけないから。
疑いというのはもちろん、昨日レオンが話していた『勇者詐欺』のことだ。
客観的に見て、プリムはピンク髪だしネコっぽいしスタイル抜群だ。
まさにレオンが言ってた通りの見た目をしてる。
「……あのさ、プリムってどうして僕が【勇者】だって解ったの?」
僕は恐る恐る尋ねた。
ホントは『勇者詐欺って知ってる?』とか聞くところだ。
だけどそんなのは怖すぎる。もしプリムが詐欺師だったら、僕はもう立ち直れないだろう。そんな気持ちから僕はわざと遠まわしに尋ねてしまった。
すると、プリムはそれだけで僕の言いたいことが解ったらしい。
「ひっどーい! 勇者くんったらサイテー! きらーい!」
あからさまに僕に不満をぶつけてきた。
でも言葉とは裏腹に超笑顔。
それだけで僕の不安なんか消し飛ばしてくれるぐらい眩しい。
「んっふっふー、だったら証拠見せちゃおっかな? 特別だよー? コレ賢者の企業秘密なの♪」
言いながら僕に肩を寄せて、ショルダーバッグからコンパスみたいなものを取り出す。それを自分の胸の前で開いた。
「これねー、名付けて『勇者コンパス』。ホラ、勇者くんめっちゃ指してるっしょ?」
確かに指してるみたいだった。
みたいっていうのは、僕の視線がちっともコンパスに行かないからだ。
それがプリムの胸の前にあるから、どうしても目がそっちにいく。
彼女のドレスの胸元はゆったり開いていて、傍に寄ると谷間がガッツリ見える。いや谷間どころか、もう少しで花の蕾まで覗けそう。
って、ダメだダメダメ! 女の子の体は宝物なんだ! 幾ら領主だからって、恋人でもない男が覗いていいものじゃないぞ!
「んー、いちおー【勇者】のおさらいしとく?」
なんて、僕がそんな風に脳みそをピンク色に腐らせてるとプリムが言った。
どうやら真面目くさった顔してるのを、まだ疑っているものと勘違いしたらしい。
今の僕が置かれている状況を端的に説明してくれる。
プリムによると、僕はこの世界に6人しかいない
魔王っていうのは魔族っていう強力な亜人種モンスターを率いている恐ろしい奴で、それが今300年の眠りの時を経て再び復活しようとしているそうだ。大昔に倒されたって歴史の授業で習ったから、正直よくは知らない。
プリムはそんな魔王の復活を阻止するって重要な任務を王様から与えられてるんだけど、それにも関わらずこんな地方の村に滞在してる。というのも全ては僕のためだ。彼女は僕が勇気を出して旅立つその日を待っている。
じゃあ【勇者】の僕はなんで旅立たないのかというと、
「でも僕は凡人で……なんのスキルも持ってないんだけど……」
これが理由だった。
僕が持ってるスキルといえば【薬草採取Ⅰ】だけ。
これは一日村の周りを歩き回れば、1個くらい薬草見つかりますよってスキル。
正直言って、いらない。スキルと呼ぶのも恥ずかしいレベル。こんな状態で魔王討伐の旅に出ても、ゴブリンにすら瞬殺されてしまうだろう。
「知ってるー。でも勇者くんって今レベル1っしょ? 勇者の本領発揮は20越えてからだから。そっから先はぐんぐん強くなって、あたしはもちろん他の継承者の【剣聖】【拳帝】【聖女】【戦巫女】だって追いつけなくっちゃう。勇者くんはつまり世界最強なんだよ?」
こんなゴミみたいな僕が世界最強だなんていまだに信じられないんだけど、でもプリムみたいな可愛い女の子が賢者をやってるところを見るとあながちウソとも思い難い。
ちなみにプリムのステータスは以前、うちの屋敷に働きに来てるダークエルフの『ばあや』に【解析】スキルでこっそり確認してもらった。
はっきり言って、プリムはめちゃくちゃ強い。
例えばステータス。ステータスはFからSのランクで決まるんだけど、プリムは筋力以外ほぼBで、魔力に関しては人類最高峰である『S』を更に2つも超えた『S++』だ。
これだけだと解りにくいけど、例えば剣術科の先生とかでオールD。
父親の仕事先で会った元王宮近衛騎士団長って人がバケモノみたいに強かったけど、その人ですらオールCにやっとBが混じるくらいだった。戦いってのはステータスだけで決まるものじゃないけれど、純粋な魔力量だけならたぶん魔王にも匹敵するんじゃないかな。
だから、プリムが【賢者】っていうのは嘘偽りないだろう。
ホンモノの賢者が言うことだから信用したい気はする、けど……。
「――それでなんだけどー、勇者さまー?」
なんて事を考えていると、急にプリムが僕のことを『さま』付けで呼んできた。
プリムがこう言う時は、何かお願いごとがある時だ。なんだろう。
「実はあたし、ちょっち困ってることあってー」
「困ってること?」
「うん。これ見てー」
そう言うと、プリムが背負っていた銀色の杖を抜いて僕に渡してきた。細長い棒の先端に空色のオーブが付いただけのそれは、シンプルな見た目の割にズッシリ重い。
「ボコボコっしょ?」
杖はたしかにボコボコだった。
よく見ると塗装もところどころ剥げており、空色のオーブも白く濁っていて、中に雲が浮かんでる。
僕は武器には全然詳しくないけれど、少なくとも魔王を倒せるようには見えない。
「これさー、超ハイスペックな魔法杖なんだけど、直すのにすっごいお金かかるんだー。だから、ちょーっとだけお金貸して欲しいんだけどー……」
円らな瞳の前で両方の指先をツンツン突き合わせつつ、上目遣いに僕を見てくる。
「そうなんだ。ちなみに幾らぐらい?」
「2万ゴールド」
プリムが即答した。
に、2万か……!
2万っていうと、王宮勤めの近衛兵が貰う年収くらいの金額だ。それぐらいなら僕の貯金で払えるけど……でもそんな大金、簡単に払うわけにはいかない。
「ご……ごめん。最近屋敷を建て直したばかりで、今ちょうど金欠なんだよね……」
僕が情けない声でそう言うと、プリムが「だよねー」プリムがはにかんで言った。
悪い事しちゃったかな。
「あ、でも大丈夫! それって柄とかオーブとかを全部直した場合の金額でね? とりあえず使うだけなら2000ゴールドくらいあればなんとかなるかな!」
2000か。それなら払えなくもない。
「ダメかな? 武器直せないとあたし、もしかしたらモンスターにやられちゃうかも。王さまに貰った路銀もできれば使いたくないしー……」
プリムが悲しそうに首を垂れながら言った。
彼女の言っている事は正しい。彼女は1人で魔族の軍団とだってやり合えるぐらい強いんだけど、それはあくまでバトルだけの話。冒険にはバトル以外の危険も沢山ある。トラップに引っかかればダメージを受けるし、今みたいに装備品が悪くなれば直さなければならない。衣服だって替えが必要だ。
だから、こういう時は善意を持つ支援者が気前よく与えるべきなのだ。
「それぐらいなら、ほら」
そう結論付けると、僕はベルトに括り付けていた財布の紐を解いた。
有り金を全てプリムに手渡す。
「とりあえず500ゴールド。残りは明日、家から持ってくるよ」
僕がそう言うと、プリムは「うそうそ!?」と言いながら、宝石でも見るような目で自分の手の中のお金を見つめた。その興奮っぷりたらハンパなく、もしプリムにネコミミが生えてたなら、両耳ともピン! と立ってそうだった。一緒にピンクの尻尾もつけてあげたい。
「いいの!?」
「うん。魔王を討伐するためだから」
言って僕はプリムに微笑んだ。
もちろん魔王討伐なんてのは言い訳に過ぎない。僕がお金を渡したのは、純粋にプリムに喜んで貰いたかったから。
プリムは強いし可愛いし、この通り性格も最高。村人にすら舎弟扱いされてしまうクソザコ無能地方領主にとっては、もったいなさすぎるヒロインだ。
たとえ領地や屋敷を売り払ってでも、プリムを独占したい。
「そっかぁ! じゃ、勇者さまはしばらくあたしの『お財布』担当って事で!」
なんて思っていると、プリムが僕の肩をポンポン叩いて言った。
前にも誰かから似たようなセリフ言われた気がするけれど……デジャブかな?
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