第八章 エルフ族の皇女2

「一石二鳥ではありませんでしたの?」


 言いながら、少女が今男の腹に突き入れた拳を抜き取った。レースの手袋には裂け目一つない。


「なっ……なああああああああああああああっ!!!??」


 すると僕より何秒も遅れて、やっと現状に気付いた盗賊たちが狼狽え始めた。その言葉尻に被さるように、空気を裂くようなシュッという音が聞こえる。


「アナタ方、罪の自覚はあります?」


 次に少女の声がしたのは、僕の傍らではなかった。

 男たちの背後だ。彼女はスキンヘッドの男たちの脇腹に、それぞれ指先を当てている。突然の出来事に男たちは声も出ない。


「アナタ方が今行っているのは恐喝行為。これはれっきとした犯罪ですわ。ここが町中なら即刻衛兵に突き出す所ですけれど、このように人気のない場所では仕方ありません。天に代わってこのわたくしが裁いて差し上げます!」


 滔々と天の裁きを告げる少女。

 大人顔負けの毅然とした態度と、相手の非道を正そうとする強い正義感とは、まさに少女の気高さを象徴するものだった。


「そそそっ!? そんなもん知らねえよおおおおおおおッ!!!!????」

「そっ、そうだぜぇ!!? だって俺たち好きでこんな事やってるんじゃねえんだ! 生まれつきスキルもなけりゃ仕事も何にもねえ俺たちだからよ、仕方なく盗賊なんてやってるんだよおおおお……だから許してくれよおおおおおッ!!!」


 恐らく差し迫った恐怖のせいだろう。

 少女の威圧するような言葉に、スキンヘッドの男たちがガタガタ震えながら自分の身の潔白を語り出した。


「甘ったれないで下さる?」


 そんな男たちの涙ながらの訴えを、少女はたった一言で退ける。彼女は更にビシイッ! と男たちに白い指先を突きつけて、こう続けた。


「この際はっきり説明して差し上げます! アナタ方が今盗賊などに身をやつしておりますのは、他の誰のせいでもありません、全てアナタ方自身の責任です! なのに『スキルがない』、『仕事がない』などと我が身の不幸を言い訳にして現状を改善させる努力を怠り、あまつさえ略奪行為を働いて他人に迷惑を掛けようなど不届き千万! 決して許される行為ではありませんわ!!」


 う。

 ちょっと他人事じゃない話だ。

 少なくとも僕は盗賊たちの事を悪く言えない。


「「ぎぶべらッ!?!!?」」


 次の瞬間男たちの体が吹っ飛び、派手に地面の上を横転しながら街道沿いに張り出した大樹の根っこにぶつかり止まった。

 どうやら少女に殴られたようだ。ピクピクしてるところを見ると、一応生きてるらしい。


「フン。これだから卑怯で惰弱で卑劣な劣等種ニンゲンは……まだ自分で動き出さないだけ、犬のフンの方がマシですわね」


 少女はそう言いながら、「汚らわしい!」ドレスシャツの胸ポケットからハンカチを取り出して、手首に付着したらしい汚れを拭き取っている。


 それにしてもさっきの少女の話。言い方こそ違うけれど、義妹のエルザ、そして賢者プリムが僕に対して言った内容と似ていた。


『僕の不幸は全部僕のせい』。


 要点をまとめると、そういう事だろう。つまり僕の不幸もクズ女のせいではないという。

 一般ドクズ復讐者としては実に耳が痛い言葉だ。しかし耳が痛いからこその正論でもある。彼女は全く正しい。


 ――ただ。

 言葉の正しさは別にして、盗賊たちの話にも共感できる点はあった。


 この世界はそもそも女神が創った。それゆえに女が圧倒的優位である。生まれながらにしてSクラスやAクラスといった上級スキルを獲得できる確率が男の16倍もあり、また容姿にも優れ、醜悪な豚の如き女もいなくはないがそれは大抵後天的な理由である。


 したがって国や町の要職は女が独占。

 女王陛下はもちろんの事、軍の要職、ギルドマスターやちょっとしたお店の主人まで、大半が女だった。そんな世界では戦場市井いかなる場所においても男は女の付属品であり、出世できるのは超が付くほどのイケメンか、或いはレオンのように女を食い物にできる強くてクズな男だけなのである。


 女神は平気でえこひいきをする。世界に6人しかいない継承者を選ぶのも彼女たちなら、ラブインバースを僕に授けたのも女神という具合に。


 だからプリムみたいなスペックだけのクソ女が調子に乗って、僕みたいな男をサイフにするのである。それを『お前のせい』だと言われて納得できるものだろうか? 


 少なくとも僕はできない。確かに僕が悪いところもあるのだろうが、だからと言って騙した事実がなくなるはずはないからだ。騙した当人にも責任がある。


 ならば復讐というやり方には問題ないのかと問われるかもしれないが、それなら目の前の少女も僕と同じだ。何しろこの少女は皆で定めた法に依るのではなく、自らの裁量だけで盗賊という悪を裁いてしまったのだ。つまり私刑リンチである。それは復讐と何が違うのだろう。


「それで? アナタも人のせいにしたいクチかしら?」

「……」


 言われたのは僕じゃなかった。


 気付けば最後に残った1人、僧侶風の男がものすごい形相で少女を睨みつけている。

 恐らくこいつが盗賊の頭なのだろう。目の前であれほどの力の差を見せつけられたにも関わらず、男は一向に逃げ出す様子がない。

 どうやら相当腕に自信があるらしい。


「おしゃべりが過ぎるようだな」


 そう言うと、男は両手剣を右肩で担ぐようにして構えた。両足の裏を地面に着けるようにして股を開き、どっしりと腰を落とす。それは戦場における戦士の構えだった。


「小娘。名も知られずに逝くのは寂しいだろう。せっかくだから名乗ってやる。俺の名はガル・ガメオ。元ヴィクトリアン王宮近衛騎士団副団長にして、シュルツ流大剣術唯一の大印可免許皆伝マスタークラスだ」

「は? 近衛騎士団って、オールCにBのステータスが混じってた、あの騎士団長がいたところじゃないか……!?」


 ガメオの凄まじい経歴に、僕は思わず呟いてしまった。するとそれまで少女を睨みつけていた目がギョロリ、と僕に向く。


「貴様知っているのか。その通り。ただし俺は騎士団でも1位2位を争う達人だったがな?」


 マズい。

 それが本当なら、こいつとんでもない化け物だぞ。


 ステータスにはFからSまであるって話は以前したけれど、それぞれの階級ごとで強さが全く違う。特にBから上は凄まじい力の差があった。

 さっきまでの少女の動きは恐らくCランクの動きだ。なぜなら素人の僕にもなんとなく目で追えていたから。でもそれがBランクともなると、文字通り目にも止まらなくなる。次の瞬間、あの大剣で胴を真っ二つにされていてもおかしくない。


 生まれながらのスキル優位を覆し、女王付きの近衛騎士団副団長にまで上り詰めたこの男の実力は計り知れなかった。


「フッ……劣等種のクセに生意気にも流派名まで名乗りますのね。それではわたくしも一介の拳士ファイターとしてお求めに応じざるを得ませんわ」


 なんて僕が思っているうち、今度は少女がガメオを見て言った。

 相手のものすごい経歴に全く動じる様子がない。


「わたくしの名はアエラ。アエラ・ジオリーフ・ガウェイン・エルフィニアン・プランタジアン。『エルフィニアン神聖帝国』の系譜樹リネージュに燦然と輝く当代第二皇女にして、エルフィニアン皇家流金雀枝拳ただ2人にのみ許されたマスタークラスの片割れですの」


 アエラが長い金髪を片手で掻き上げながら言った。


 風にたなびくその髪をよく見ると、うっすらと朱の色が混じっている。それはまるで皇宮の庭に咲き誇る金雀枝エニシダの花のように僕には見えた。


 ……。

 え?

 今エルフィニアン神聖帝国の皇女って言ってたけど、まさかそんな訳ないよな?


 だって帝国はこの大陸の南半分を覆う大深森の全域を支配している超大国。深い樹木と霧に覆われた森林は難攻不落の天然の要塞であり、同時に恵み豊かな肥沃地帯でもある。

 国内には魔力と知恵に優れるエルフ族、武力と諜報面に優れるダークエルフ族、そして賢く手先が器用なドワーフ族の大半が住んでおり、更に元々南部にいた劣等種ニンゲン族を支配して繁殖させ、手軽な労働力として使役している。


 これによりエルフィニアン神聖帝国は武力と魔法・科学技術力に天然資源そして人口においても他国を圧倒しているのだ。おまけに歴代エルフィニアン皇家は代々【拳帝】を輩出しており、継承者まで確保する始末だった。政治力も抜群という訳である。


 そんな所の皇女様とくれば、これはもう普通の国の王女様以上の存在だ。大陸に七つある国家の中でも最高位の存在と言って過言じゃない。


「えええっ、エルフの皇女だとおおおおおおぉ!!!?!??」


 僕の驚きを声にして叫んだのはガメオだった。


「という事は神聖帝国の……そうか! それで金雀枝拳! エルフ皇族にのみに伝わる門外不出の必殺拳か! それで俺の部下は瞬殺されてしまったわけだ!!」


 ガメオは何やら嬉しそうに呟くと、「グハハハ!!」突然高らかに笑い始める。


「アエラ! 俺と共に来い! 皇女のお前が居れば、俺は盗賊の頭どころか一国が持てる!!」


 言ってる最中にまた風が吹いてきて、アエラの髪がブワッと浮かんだ。

 一瞬アエラの姿がかすんだように見えたけど、気のせいか?


「そうなれば俺はエルフ族を率いる皇帝陛下というわけだ!! 美少女エルフの家臣団を従えて、奴隷エルフ王朝を創始してやる!! ついでに俺を追放しやがったこの国の女王にも復讐してやるのだ!! グワハハハハハハハハハッ!!!!」


 そんな風にガメオが下卑た笑みをこぼしながら自分の夢を語っていると、


「――それは残念でしたわね。アナタの夢、とっくに終わってますわ」


 アエラが詰まらなさそうに言って、細い足首に付いた土埃をハンカチで拭った。

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