第七章 エルフ族の皇女1

 エリスと別れて2時間ほど歩き、僕は森沿いの街道に出ていた。


 どちらが町の方角かは分からないが、とにかく歩く。その内馬車か旅人にすれ違うだろう。そしたら道を尋ねればいい。


 プリムに金も荷物も取られた時はどうなるかと思ったけれど、とりあえずこれで一安心だ。【ラブインバース】も手に入れたし、旅の滑り出しとしては順調だろう。女嫌いの女神エリスもとりあえず僕の味方みたいだし。


 そしてこれからだけど、もちろん僕は復讐をする。

 相手はもちろん賢者プリム。

 あいつは僕を殺したと思ってる。だから、今なら不意打ちも可能だろう。案外簡単に堕とせるかもしれない。


 ただし問題が一つあった。

 奴がどこに行ったか分からないのだ。会えないのであれば復讐しようがない。


 そこで今考えてるのは、どこか町に住みついて金を稼ぐこと。

 プリムは僕みたいな金持ちの独身男をターゲットにして『勇者詐欺』を繰り返している。だから僕が町で成功してお金持ちになれば、いずれあいつの方からやってくるだろう。例え来なくとも、金さえあれば探し出す方法は幾らでもある。実益を兼ねたいい方法だ。


 では次に、町で金儲けをするにはどうすればいいか。

 これは簡単だ。というかそれしかない。

 【ラブインバース】を使う。

 もしもプリムのようなクソ女を見かけたなら、速攻で始末してやるのだ。そいつの全ては僕の物。見た目が良ければ楽しめるし、なおかつ強ければ僕のボディーガード兼スキルコピー用のセックスサンドバックにしてやってもいい。僕の精液で受精した女の受精卵を使えば、僕は無限に強くなれる。


「……?」


 なんて決意を新たにしていると、ちょうど街道の向こうから人がやってくるのが見えた。

 ガタイの良い男が2人。僕を見てニタニタと笑いながら歩いてくる。


 マズい。


 僕は即座に振り返った。

 すると背後にも男が2人。いつの間にか僕は囲まれてしまったらしい。


 1人は魔法使い風。黒い三角帽に黒いローブを着た男だったが、薄いローブの生地が筋肉の形に盛り上がってしまっている。魔法杖の類は持っていない。

 もう1人は僧侶風だった。膝が隠れる長さの紺色の僧衣を身に着けている。だけど彼が非力な僧侶でない事は一目瞭然だった。魔法使いと同様に逞しく、また狂戦士が装備するような大剣を背中に担いでいる。


 背後の2人はスキンヘッド。やはりガタイがよく、右腰に下げたダガーの柄に手を掛けている。

 どう見ても道端で出会ったから挨拶しましょうってツラじゃない。

 こいつらは恐らく盗賊だろう。

 やっと助かったと思った矢先でこれか。なんて僕はツいてないんだ。


 ――ガラガラガラガラッ!


 そう思った矢先、ちょうど道の先から黒塗りの三頭立て馬車がやってくるのが見えた。

 盗賊たちが騒音に気付いて一斉に振り返る。

 千載一遇のチャンス!


「たっ……! たすけてええええええええッ!!!」


 馬車に受かって大声で叫ぶ。恥も外聞もないが、そんなもので助かるのなら儲けものだ。

 しかし馬車は停まらない。御者台には燕尾服を着た中年男が座っていたけれど、彼は怯えたような目つきで僕と男たちとを交互に見ただけだった。そのまま僕たちの横を走り抜ける。


「……」


 ま、そうなるよな。

 僕だってそうする。乗客だっているんだから猶更だ。僕一人のために危険は冒せない。


 これは……覚悟を決めるしかないか。

 僕はベルトに結び付けた財布の中に手を突っ込んだ。

 中にはエリスから貰った1000ゴールドがある。こいつをぶちまけて、奴らが拾っている間に逃げ出すのだ。


「――御者! ここで待ってなさい!」


 その時だった。突然どこからか、甲高い女の声が響いてきた。


 振り向くと、街道の少し先で馬車が停まっているのが見える。馬車の後部昇降口に立っているのは女の子。


「はっはいいいっ!! どうぞ無事でお戻りをおおお! アエラお嬢様あああぁ!!!」


 続けて御者らしき男の声が聞こえてくる。まるでオークが無理やりに人語を話したような野太いしわがれ声だった。


 直後に少女が跳び上がる。太陽を背に、彼女は20メートルの距離を一つ跳びして 僕の眼前へと着地した。


 肌は繭紡ぎシルクのような純白色。

 白抜けた金ブロンドミルクの巻き毛から突き出た両耳は、紛うことなき優越種エルフの証。

 肩出しのドレスシャツに深紅のスカーフを身に着け、レースをあしらったフレアスカートを腰高に穿いている。


「――アナタ、女の子に守られるのはお好き?」


 その煌びやかな美しさに目を奪われていると、エルフのお嬢様がその生の肩越しに僕に問うてきた。

 その体から香ってくる高貴な乙女ローズマリーのフレグランスに、下等民である僕の生殖本能チンコがギンギンに反応してしまう。


「うん、大好き!」


 僕は即答した。


 本音だった。わざわざ自分の身を危険に晒すよりは、女に守らせる方が好き。


「……フ」


 僕の返事を聞くと、少女がスラリと片手を顔の高さに持ち上げた。白いレース生地の手袋を食むようにして音もなく笑っている。


「なんと情けない……それでしたら下手に動かないことね。これも至上尊き者の義務ノブレスオブリージュ。わたくしがアナタを守って差し上げますわ」


 言って、少女が顔だけ振り向く。


 この苦境にあって一層凛々しく映る高貴な横顔。華奢な体躯に見合わないその堂々たる物言いは、彼女の生まれの高さゆえだろう。


 でも守るって、男4人相手にどうするつもりなんだろうな。あの黒塗りの馬車に護衛のエルフでも待機してるのか。


「こここっ! こいつ可愛いぜえええぇ!? 生意気そうなメスガキのくせにドスケベエッチな体つきしてやがるううううう!!!??」

「な、な、何の用だろぉ!? ひょっとしてウリにでも来たのかなぁ!?」

「そそそっ! それなら銅貨1枚で買ってやるぜええええええええぇ!!??」

「ギャハハハ!! それじゃチップ代にもならねえよ!!! それよか誘拐して身代金取っちまおうぜ! そしたらヤれるし一石二鳥じゃんッ!!!???」


 盗賊たちが口々に囃し立てた、その瞬間だった。


 突然ブワッという風が僕の顔に吹き付けた。

 何が起こったのか、理解するヒマもない。瞬き一つする間に全ては終わっていたのだ。


「……!?!?!?!??!」


 気付けば目の前で、魔法使い風の男が両膝突いて倒れていた。巨大な体はけいれんし、起き上がる気配は全くない。開いたままの口からゲロがこぼれている。


 その腹に深々と突き刺さっていたのは、レースの手袋に包まれた少女の拳。体格差がありすぎて、子供の上に大人が覆いかぶさっているような格好になってしまっている。


 ……は?


 目の前で起きている事が信じられない。

 この子、ビックリするくらい強いんですけど。

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