第十三話 御者の活躍~プリム発見~
それから更に1週間が経った。
夕方までアエラにたっぷり中出しした僕は、その足で近所にある大衆向けレストランに向かった。何度も僕にイかされて、放心状態のアエラを叩き起こして連れていく。
そこで御者が待っているのだ。とうとう賢者プリムの情報を掴んだらしい。
レストランは敷石道の通り沿いにあった。その外のテラス席で、中年男が1人寂しく座っているのが見える。御者だ。
きっと今日も仕事だったのだろう、くたくたの燕尾服を着ている。全体的には太っているにも関わらず頬がこけており、そのせいでやつれているように見えた。
一見して、隙だらけないいカモだ。プリムなら一瞬でとりついて、このオーク面の中年の財産を根こそぎ奪ってしまうだろう。危なっかしくて見ていられない。
「元気?」
僕が背後から声をかけると、
「はわわっ!?」
ガタンッ! と御者が慌てて椅子から立ち上がった。
やつれ具合の割にはだいぶ元気だった。
さっきまで沈んでいた御者の目は、まるで乙女が憧れの王子様でも仰ぎ見るかのように輝いている。
そんな目で見つめられると反応に困るな。
美少女ならともかく、オッサンだし。ってか『はわわ』って。
「こっ! これはファルス閣下ッ! ほほほ本日は私ごときゴミクズとお会い下さりまこと幸甚ハナハダしく~~げふんげふんひくげげげっぷぶうッ!!」
なんて思っていると、御者が丁寧なのか何なのか解らない口調で咳をし始めた。
語尾にはしゃっくりの他にゲップのおまけ付きである。緊張してるのか。
「……あ、うん。僕もキミと会えて嬉しいよ。だけどその閣下っていうのは止めてくれないかな。普通にファルスって呼んでくれたらいいから」
言いながら僕は先に座った。
ちなみに御者にもプリムの話をしてある。彼は僕の復讐に大いに賛同してくれていた。
御者の話を聞くに、どうやら御者も女には相当苦労しているらしい。元ご主人様だったアエラはもちろん、近頃は別の女にも大金をつぎ込んだ挙句、奴隷同然にコキ使われてしまっているそうだ。
そんな御者が復讐にいかないのは、きっと女に対する恐怖が怒りに勝ってしまっているからだろう。
かわいそうな話だ。ぜひとも彼には恐怖を克服してもらいたい。
「あっ、ありがとうございますファルス閣下! わ、私ちょっと先にお手洗い行ってきますねッ!」
なんて思っていると御者が緊張した面持ちで燕尾服の裾をパッと伸ばし、そのふとましい肩をユサユサ揺らしながらトイレに向かった。
「フッ。御者がお手洗いとか言いますと、女の子みたいでケッサクですわね!!」
アエラが「クププッ」と噴出して言った。徹底的に調教したアエラだけど、僕以外に対しては相変わらず態度がでかい。
ところで今更なんだけれど、御者はまだ童貞だ。
この町に来た時、僕はチップ代をアエラの体で払おうとしたんだけど、結局御者は受け取らなかった。何でも緊張していて全く勃たなかったらしい。だからセックスはおろか、ファーストキスさえまだだそうだ。これではとんだお笑い草である。そのうち女を抱かせてやろう。
それだって、もちろんタダじゃない。御者は自分の力では女を捕まえられないグズだ。
したがって僕が女を与えてやってる限りは一生懸命仕えてくれるだろう。この短期間でプリムの情報をきっちり掴んでくれた彼の事を僕はそれなりに評価している。
なんて話を御者がいない間アエラとしていると、
「ハア。ご主人様は御者には優しいんですのね? わたくし嫉妬してしまいますわ」
アエラがこれ見よがしにため息を吐いて言った。
「は?」
優しい?
この僕が?
誰に?
疑問だった。僕は誰にも優しくした覚えなんてない。御者を引き立ててやってるのも、僕の復讐に必要なことだからだ。僕は御者さえ見下している。もちろんレオンのようなチャラ男に比べれば格段にマシだが、究極的には同じことだ。
なぜなら僕はドクズ。他人なんか顧みない。
悪人の中の悪人なのだ。だからこそ復讐なんてやり方を選んだのである。もしも御者を味方にするとしたなら、レオンみたく舎弟……いや、部下か。そうなる。
「だって、あんな幾らでも代わりが利きます便座カバーのようなド底辺中年労働者なんかをわざわざ雇っておりますもの。残酷で自己中心的なご主人様らしくありませんわ」
言った傍からアエラが、「あ、残酷で自己中と言いますのは誉め言葉ですのよ? そこがご主人様の一番気持ちいいところですし!!」と、フォローだかなんだか解らん事を言ってくる。どうでもいい。
「いや、御者はアレで相当うまくやってるよ。たった3週間でこの大都市の中から1人の女を見つけ出したんだ。使えない奴じゃない。たぶん彼は見た目で損しているタイプなのさ」
「そうかしら。わたくしが見た限り、御者には出来すぎた成果だと思いますけれど」
アエラが疑うようなそぶりを見せて言った。
ああ、僕はこんな女からクソスキルの【精飲中毒Ⅱ】を貰ってしまったんだよな。ホントは自然消滅するスキルなんだけど、念のため持ち続けてる。
「ファ~ルス閣下ぁ! すすすすみませんっ!!」
なんて事を考えてると、ハンカチを片手に御者がトイレから帰ってきて言った。僕はここに来た時と同様に「その閣下ってのはやめてよ」同じセリフを御者に言わなくてはならなかった。変わったのは周囲に居た客が帰って、人払いが出来た事くらいか。
まったく……部下が増えるってのは、大変だな。
◇
「ところでプリムの件なんだけど」
それから僕らは籠に山ほど積み込まれた白パンやライス、シーフードドリアや白身魚のムニエルやボイルドポテト、そして国産牛最高グレードのヴィクトリアン牛フィレステーキ400グラム・エルフィニアン風
御者はプリムの情報を持っている。
今日はそれを聞きに来たのだ。
「は、はいっ、ええと……! ファルス閣下のお探しの方でございますが、どうやらこの町にいらっしゃるようです……!」
折りたたんだハンカチで口元を拭いながら、御者が言った。
相変わらず閣下呼びが直ってない事はさておくとして、大事なのは『賢者プリムがこの町にいる』事だ。
ちなみにこれ自体は驚くには値しなかった。なぜなら僕はそれを予測していたから。
ここは商業都市ベルベジン。ここら一帯で最も金の匂いのする町である。僕をブチのめして金を奪った後、プリムが次の獲物を求めて住み着くのは道理というものだ。だからこそ僕はこの町に住み続けている。
「住んでる場所とかは解る?」
「そ、その……住んでる場所までは、わからないんですが……!」
御者は申し訳なさそうに首を垂れた。
酔っ払ったのか、さっきからアエラが無言で御者のほっぺを指先で突っついている。
「つ、つい先日、知人が乗せたと言うんですよ。ピンク髪でサイドテール、ネコみたいな目をした子供っぽいけどスタイルのいい女の子を」
なるほど。
濃い髪の色は体内を循環する魔力の影響が強い。プリムの可能性は高いな。
「その女を乗せたのは、どこの区画?」
「はい、商業区の西の外れでして……ちょうどこの辺りを通る駅馬車でございますが」
言いながら御者が通りに目を配った。
「先週だけで4回見ているそうです。それで覚えていたらしくて」
1週間で4回か。
かなりの頻度だな。すると、どこかに通っている可能性がある。
「あいつの向かう先は解る?」
「……はい」
御者は控えめに頷きながら、町の地図を広げた。
御者は携帯用の高級魔法筆を取り出し、それで薄く線を引く。それは今言った駅馬車の通る道筋らしい。丸を付けているのはプリムが降りた停車場らしかった。
「金持ち相手の詐欺師なのでしたら、私はここだと思います」
御者がその太い指先で示したのは、とある貴族の屋敷だった。
「こちらはヴェルノラ卿という貴族のお屋敷なのですが、とてもパーティがお好きな方でして。しょっちゅうお茶会やら舞踏会やらを開いているらしいんです。恐らく賢者様もお呼ばれされているのではないかと……!」
ヴェルノラ卿。
その名は僕も知っていた。この町の金持ちの事は大抵調べてある。
情報はアエラを使って調べさせた。大使館というのはその業務上、他国の情報を集める情報センターとなっている。その情報網を利用したのだ。
「卿は元々、貴族付きの御者をやっていた人物でして……まあ、私みたいな仕事をしていたのですけれども、それが溜めた貯金で買った『ギルド株式(先々代の賢者が広めた運営方式で、みんなでお金を出してギルドを支えるもの)』で大儲けしたらしくて……爵位を女王様から買ったんだそうですけれど……」
「ふうん。よく調べましたわね? 御者のクセに案外役に立ちますわ」
ようやく頬を突っつくのを止めたアエラが言った。御者がぎょっとした顔で「そ、そんな事ありませんけど……!」ビクビクしながら言う。
「なるほど。たしかに貴族のパーティなら金持ちが集まりそうだ。プリムならそこに参加しててもおかしくない」
「はい。しかもヴェルノラ卿はその……とても、女性がお好きな方でして。生まれつき体が弱く、容姿にも恵まれなかったようでして……それで40を過ぎる今でも、よい出会いに恵まれませんで……!」
そう呟く御者の横顔を、アエラがチラッと覗き見る。
御者は浮かない顔をして、股の間に両手を挟んで隠し、俯いていた。
「なるほど。モテない独身貴族の開く女漁りパーティか。プリムなら大喜びで飛び込むだろうな。うぶなヴェルノラ卿に抱き着いて金せびってる姿が思い浮かぶよ」
僕がそう言うと、御者はコクリと頷いた。黙ったままチラチラと僕の顔を窺ってくる。
「――ところで御者は何か意見ある?」
その様子が何か言いたげだったので、僕は尋ねた。
さっきから御者は落ち着きがない。まるで僕に隠し事でもしているように見える。
「いっ、いえ! 私などは別に……ッ!」
「そう? でも何かあるなら言ってみてよ。僕、御者さんの事とっても頼りにしてるんだ」
「………」
僕がはっきり『頼りにしてる』と告げると、御者はいよいよ黙り込んでしまった。
なるほど。
「そもそも賢者ですのに、どうして詐欺なんて働くんですの?」
すると代わりにアエラが訊いてきた。「それはね」僕が頷いて話をしようとしたけど、自分の話に夢中なアエラは構わず話を続ける。
「ご主人様の話ですと確か、その賢者は魔王討伐の旅をしているのですわよね? その旅にお金がかかるから、手っ取り早く稼ぐために男を騙している……」
「いや、あいつはそう言っていたけれど、本当のところは違うよ」
僕は答えた。「違う、と仰いますと?」2人が同時に僕を見る。
「僕の見たところ、あいつは魔王討伐なんかする気はないよ。それどころか金稼ぎする気だってないんじゃないかな。そんなのどうだっていいんだ」
「……どういうことなんですの?」
「――あいつは、みじめな男を見るのが大好きなのさ」
僕はゲス面に微笑を浮かべて言った。
あいつの事を考えると、それだけでこういう顔になるから不思議だ。
「僕を嬲っている時のプリムはこの上なく楽しそうだった。たぶんお金自体も割とどうでもいいんじゃないかな。それよりも僕みたいな男を誑し込んで、金やらなんやらを貢がせ、その上で裏切って絶望する様を眺めたいのさ」
これについては確信してる。
なぜなら今の僕は恐らく
たぶん、男女の違いってだけなんだ。僕とあいつは本質的に似通ってる。僕が女に対して異常なほどの憎しみを抱いているように、あいつも男に対して異常なほどの憎しみを抱いている。
ならばその大嫌いな男の手で、思う存分嬲ってやろう。
愉快痛快。これ以上の復讐はない。
「だからこそ、僕がプリムだったらそのヴェルノラ卿を狙うね。何しろ金しか能がない男だ。しかも時候に乗ってたまたまお金を手に入れただけの小成金でしょ? そんな男から金を奪ったらどうなるかって、考えただけで楽しくなっちゃうもの。うふふ」
「なっ、なるほどぉ……!?」
僕の
「ハァ……以前にもわたくし聞かせて頂きましたけれど、本当に嫌な奴ですわね。そのプリンとかいう女。このわたくしが必ずブチのめして差し上げますわ!」
アエラが握った拳を胸の前でパァン! 突き合わせて言った。
いや、お前も同類だけどな。
あとプリンじゃないぞ。プリム。
お前あれだけ食ってまだ腹減ってるのか?
「とりあえずその屋敷は調査しよう。御者も引き続きお願いね?」
「はい……ファルス閣下。かしこまりました」
僕がそうお願いすると、御者はそのふとましい肩をガックリ下げて言った。
「さてと。後はプリムの話もしておこうかな。あいつのヤバさは共有しておきたい」
僕の言葉にアエラが頷いた。遅れて御者もウンウン頷く。
「たしか、賢者というだけあって魔力の桁がおかしいんですわよね? 同じ魔法を主として戦うエルフの中でも、賢者だけは相手してはいけないとわたくし教わりましたわ」
「そうだね。だけど僕が警戒してるのはステータスじゃないよ。あいつの知識のほうさ」
「知識?」
「そう。例えばアエラ、君だってステータスだけならめちゃくちゃ強い。だけど僕は君と戦った時もまったく怖くなかった。なんでか解る?」
「そんなの、ご主人様の方がわたくしよりも圧倒的に格上だからにきまっておりますわ。わたくし如きが敵う相手ではありませんでしたもの」
相変わらず僕の強さを誤解してるアエラが言った。強さには一定の憧れがあるのか、媚を含んだ目を瞬かせている。
ちなみにだけど、アエラは未だに僕の方がステータスが上だと勘違いしている。
実際はラブインバースの効果で僕には手を出せないってだけなんだけど、それは気付かせてない。いざって時の予防線だ。
「うん。だけど単にステータスが高いってだけなら、幾らでもやりようはあるよ。仮に僕のステータスがアエラ以下だったとしても負けなかったね」
僕がはっきりそう言うと、アエラは首を傾げて黙った。不服そうだ。
「前にも言ったと思うけど、アエラはせっかくの能力を活かせてない。だからちょっと強い相手が出てくると勝てなくなる。だけどプリムは違う。なぜなら彼女は賢者だから」
この1か月の間、僕は
「そもそもなんで『継承者』かって、先代が鍛えた能力をそのまま全て継承するからなんだ。継承者がチートなのはここ。どんなアホでも無条件で強くなれる。賢者の場合はそれに加えて『知識』も受け継ぐんだ。プリムは今268代目の賢者だから、つまり267人の賢者を同時に相手にするってことになる。歴代の賢者ってのは時代を先取りする魔法や科学技術を世に生み出し続けてきた超天才の偉人集団だから、いわば人類文明そのものが相手みたいな所がある。普通にやって勝てる相手じゃないよ」
恐らくだけど、プリムはラブインバースの事も知ってる。
さすがに僕が持ってる事は知らないだろうけれど、使われればそれがなんなのか解ってしまうだろう。
従って、バレる事を前提で作戦を考えなければならない。例えばエリスから聞いたラブインバースの弱点の事とかも考えておくべきだ。確か、僕の精液を使ってラブインバースを無効化できるとか言ってた。それなら僕が持ってるあのスキルが役に立つかもしれない。
「そっ……それはヤバすぎですわね!? 幾らご主人様が天下無敵でも厳しいのでは……!」
僕の話を聞いて、さっそくメンタルザコのアエラがビビり始めた。
格上相手になるとすぐ弱気になるからなこいつ。急に寝返ったりしないか心配だ。
「だ、大丈夫なんでしょうか……! それほどまでに強いのならいっそ、復讐を諦めるというのも、一つの手なのでは……?」
そんなアエラの様子を見て、御者までが言う。
「――いや、楽勝だよ」
2人の士気にかかわるので、僕ははっきり言った。
「プリムには弱点がある。それは、僕が復讐するなんて考えられないって事だ。そもそもアイツは僕を確実には殺さなかった。死ねば足が付きやすいなんて理由もあっただろうけど、そんなものは賢者のスキルがあればなんとでもなる。じゃあどうして僕を見逃したかって、僕を見下しているからなんだ。あいつの弱点はこれだよ。僕みたいな凡人が、賢者の自分に歯向かえるなんて思ってないんだ。だから僕は先手が取れる」
そこまで言うと、僕は白いカップに注がれた紅茶をゴクリと飲み干した。ぬるくなった紅茶は、茶葉の豊潤な香りと共に、そこそこの清涼感を持って五臓六腑に染みわたる。
「せ、先手とは一体どのような……?」
「今言った通りさ。油断を誘うんだよ」
そう言うと、僕は御者にウインクした。
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