第十一章 復讐開始2~皇女隷教~
こいつが男を舐め腐っているのは、自分が優越種だと思っているから。だからそのプライドを粉々に打ち砕いてやるため、僕は女神エリスとの一夜を過ごすうちに考え付いた『あるアイディア』を実行に移す事に決めた。無論効果はエリスで確認済みだ。
まずはアエラに掛けたラブインバースを解除してやる。
解除の仕方は簡単だ。念じるだけでいい。直接触れる必要もない。
瞬間、右手の甲に氷水にでも触れたようなヒヤッとした感覚が走る。それは恐怖を覚えた時のように僕の背筋に回って這い上がると胸の奥に消えた。
「クウウッ!?」
途端にアエラの表情が変わって、僕の胸倉を掴んできた。そのまま宙に持ち上げられてしまって、呼吸が苦しくなる。
「下品で下劣なゴブリンもどきのクセにッ! このわたくしの宝石のような素肌に触れるなんてッ!!!!」
言いながら僕を床に引きずり倒した。
僕はゴロンゴロンと転がって、アエラから2メートルくらい離れた場所で立ち上がろうとした。
だけど揺れる馬車のせいでうまく立てない。肩が軽く揺すられるほどの振動でも耐えがたかった。恐らく退校して以来ずっと怠けていたからだろう。生まれたての子ヤギのような足取りでなんとか立ち上がる。
一方のアエラは戦闘態勢だった。さすが拳士なだけはある。馬車の後部は僕の立つ前部に比べて揺れが激しいのだけど、微動だにしてない。
昔の僕なら相手の気迫だけで震えあがってしまうところだ。
「僕を傷つけないで!」
実際そんな言葉も出る。だけどそんなのはお構いなしとばかりに、アエラが踏み込んできた。
「ゲロブチまけて死に腐りなさいッ!!!」
アエラのレースに包まれた拳が眼前に迫った。
さすがだ。
体が前に出たと思ったら一瞬で拳が飛んできた。
まるで砲弾みたい。
一方僕のスペックはただの村人なので、元近衛騎士団員を瞬殺した彼女の動きなんかまったく目で追えない。きっと一撃で打ちのめされて客車の床に転がるだろう。
――本当なら。
「ッ!?」
だけど拳は当たらない。
僕はこれ幸いとアエラの脇をすり抜けて、客車中央の通路部分に立った。
振り返ると、アエラはずいぶん驚いている。
そりゃそうだろう。見るからにケンカなんかできそうもないド素人の僕が、拳士のパンチをあっさり躱したんだもの。しかも全く不可解な動きで。驚くなという方が無理である。
「死ねは無いでしょ、まったく。それでも礼節を重んじる拳士なの? あ、皇女さまだったっけ」
「なッ……なにをしたんですのおおおおッ!!!!?」
一瞬のタイムラグの後、再びアエラが間合いを詰めてきた。
――アエラ視点――
至近距離からのワンツーパンチ。
と見せかけての、半歩下がりながらのローキック。
でしたわ。
実際にはそれも
一手二手ならともかく三手、しかも直前でフェイントを加えれば、本来なら技そのものの威力も殺さざるを得ないのが通例。
しかし、そこはわたくし。
折り曲げた膝の内側に頭を挟めるくらい体が柔らかいわたくしにとって、それぐらいの軌道の変化は造作もないことですわ。常時ブレ続ける重心位置を足裏の僅かな動きで調整しながら、腰を前に突き出すイメージで一息に蹴り上げますの。
勿論その蹴りも、タダの蹴りではありません。
エルフィニアン皇家流金雀枝拳奥義【
蹴った反発力を重心の上下変化によって遠心力に変え、一度で三度蹴るという必殺脚。
さっき元騎士団員とかいう劣等種を倒したのもこれでしたわ。あの男が不用心にも一歩前に出た瞬間、脇腹と肩と側頭部に一撃ずつ蹴りを食らわしたんですの。自分がやられた事にすら気付かないなんて、ホント滑稽でしたわ。
「!?」
ですから当然、目の前のゴブリンもどきもこれで沈む。そう確信していたのですけれど、わたくしの蹴りは相手の脇腹でピタリと止まってしまいました。
こ……これは一体どうしたことですの!? まるで目には見えない壁にでも阻まれているかのようですわ!!
「アハァンッ!?」
わたくしが動揺したまさにその瞬間。
劣等種もといゴブリンもどきが空中で完全に静止していたわたくしの太ももを抑え込み、指先でプニュプニュ押し始めました!
きききッ! 気持ち悪いいいッ!!?!
しかも、不意に漏れ出たわたくしの嬌声に、ゴブリンもどきの股間が盛り上がるのが目についてしまいます……!
こんな屈辱、ありえませんわぁ!!?
「アハハ。戦闘中のエロってエロいなあ」
下卑た薄笑いを浮かべながら、ゴブリンもどきが言います。
くうっ……こいつ、フザケてますわね!?
「フフ。アエラってだいぶ体が敏感らしいね? 顔も羞恥で赤く染まって、実に可愛げがあるよ」
わたくしは、もう訳が分かりませんでした。
だってこんな男が強いわけありませんもの。それは素人臭い動きだけでも十分すぎる程解ります。
まずバランスが悪い。この程度の揺れなのに足も腰も震えている。重心が高すぎるせいですわ。それを支える筋力もないみたいですし。
それに魔力も感じられません。わたくし今は訳あって魔法が使えませんが、生き物の体内で高ぶる魔力の胎動は感じ取れます。生き物の体内には血脈というものがありまして、魔力は体液の循環にかなり左右されているんですけれども、それがまるで感じられない。
――いいえ。
正確にはこの男の最も下賤で下劣な部分……下腹部にばかり魔力が集中しておりますの。
いやらしい!
本当に男というのは醜くて気持ちの悪い生き物ですわ!!
そう思ったわたくしは、後ろに跳ぶようにして足を抜き、相手の拘束から逃れました。そのまま相手から距離を取ります。
「このわたくしの蹴りが決まったんですのよ!? アナタ如きは馬車の壁ごとぶち抜けて飛んでいくはずですわ!!」
「そんなの食らったら僕死んじゃうじゃん。やめてよ」
まるで他人事みたいに言って!?
この男、まるで食らわないことが解っているような顔をしておりますわ!
……ムカつく。
このゴブリンもどき、マジでムカつきますわあああああ!!!
「殺しておりますのおおおおおおおおおおおおッ!!!」
わたくしは声高に叫ぶと、片膝を高く持ち上げました。
きっと悪路に入ったのでしょう、馬車は上下に飛び跳ねるように揺れております。しかしわたくしは微動だにしません。
一方ゴブリンもどきは椅子の背もたれにつかまってないと立っていられない様子。
どう見ても隙だらけなんですけれど、隙だらけが故に容易には蹴り込めません。
この劣等種の強さの正体は一体なんですの!?
「――アエラって強いんだろうなあ」
なんて思っておりますと、劣等種が言いました。
粗悪な顔を歪めて、あの小憎たらしい笑みを浮かべております。
「元騎士団員を倒したってだけじゃない。パンチやキックだってとんでもない威力だし、今だってこんな揺れる馬車の中で片足で立って微動だにしない。きっとものすごい修行をしたんだろうね。性別に恵まれ家柄に恵まれスキルに恵まれながらも決して弛むことなく鍛錬し続けてきたその努力は心底尊敬できる」
……。
フン。わかったクチを聞きますわね?
「でも弱い」
ゴブリンもどきが急にその口先をアヒルのようにすぼめて言いました。バランスも取れないクセに片手を上げて、『やれやれ』してみせます。
「ザコ中のザコだ。こんな継承者レベルのスペック持ってても、中身が伴ってない。ちょっと相手が何かしただけでこれじゃあ、キミは本当に強い奴には勝てないね」
「なッ……何をぬかしやがりますのおおおおお!? このド腐れ劣等種がああああああああッ!!!!」
このわたくしに対して説教!? それも惰弱なゴブリンもどき如きが!?
その舐め腐ったセリフに、わたくしブチ切れてしまいました! 叫ぶと同時に持ち上げていた足を地面に落とします!
するとそれだけで馬車の床板が凹んで、車体がまるで天井から吊った鍋みたいにグラグラと揺れました。
ゴブリンもどきはその揺れだけで通路の反対方向に吹っ飛ばされます。椅子の座面にしがみついて、なんとか立ち上がろうとしているようです。
わたくしは即座に身を低くして突進しました。
あたかも翼を広げた白鳥が渓谷を滑空し、水面すれすれを飛ぶが如く。
これは重力を利用した体移動。速いだけではありません。
奴にはわたくしの動きが『見えない』はず。なぜなら生き物といいますのは、それぞれの環境において構築された知識空間というものがあります。
簡単に言えば『常識』。その常識の範疇に入らない行動を取られると、誰しも一瞬思考が停止するのです。戦場においてはその一瞬こそが命取り。
完全に硬直しているゴブリンもどきに向かって、わたくしは急速に体を持ち上げていきました。
ド素人相手にも全く油断することなく奇襲を行い、かつ最高のスピードに乗せて最強の必殺奥義を放つ!
「――エルフィニアン皇家流金雀枝拳究極【
先の【三含】を三度放つから都合九含。
眼前の敵を必滅する九度の蹴りを一時に放つ、これこそがわたくしの必殺奥義ですの。これが破られたのは過去に1度きり。わたくしを亡き者にせんとした憎き
それ以外は万を越える大軍で森に侵攻してきた
これもわたくしを怒らせた罰ですわ!
ゴブリンもどきめ!
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