第十章 復讐開始1~皇女陥落~

 エルフ族の皇女、アエラが乗ってきた馬車は豪華だった。


 全長は6メートルくらい。黒塗りに金の装飾が施された木製馬車で、もちろん屋根付き。車体がしっかりしており、車輪には鉄が使われていた。

 プライベート用にしては豪華すぎる馬車だったけれど、僕とアエラの他に乗客はいない。


「あの」


 僕は客車の長椅子から立ち上がって、アエラに話しかけた。彼女は僕と対角線に当たる最後尾の辺りに腰かけている。


「……」


 アエラは僕を無視した。腕に加え足組みまでして不機嫌さを隠さない。いかにも関わり合いになりたくなさそうだ。

 今更だけど、馬車から降り立って僕を助けてくれた時の彼女とは天使と悪魔ほども違っている。


『アナタ、女の子に守られるのはお好き?』


 あの凛々しい微笑も、それから至上尊き者の義務ノブレスオブリージュに則った態度も、あくまで小遣い稼ぎのためだったというわけ。

 その上金をふんだくってその悪行の責任を僕に押しつけようとしてきたのだから、こいつは真症のクズである。これは同じクズであるこの僕が存分に調教してやる必要があるだろう。


 僕はそう思うとアエラに近づいていった。そして、


「金返せよ」


 堂々と言い放った。怯える必要はない。どれだけ相手が強くても、女である限り僕の絶対優位は揺らがないのだ。


 そんな僕に対して、アエラは相変わらず黙ったままだった。細い眉の間に皺を寄せて僕を一睨みしてくる。その反応は少し動揺しているようにも見えた。


 好都合だ。このまま隣に座って直接尻でも触ってやろう。ラブインバースの効果さえ現れればそれで終わり。後は僕のやりたい放題にできる。


 なんて僕が思って、アエラの傍に座ろうとしたその時だった。


「うぶぅッ!?」


 突然僕の視界が歪んだ。アエラに胸倉を掴まれて体を持ち上げられたのだ。


 気付けばアエラが眼前に立ち上がっていた。首をぎゅうぎゅうと絞められ、息が詰まって顔がパンパンに腫れてくる。


「……ァッ……!!?」

「調子に乗らないでくださる? ゴブリンもどきが」


 アエラが氷のような目つきで僕を睨みつけて言った。


 高いながらもドスの効いた声で、なんだかお腹にナイフでも突きつけられているみたいだ。

 実際それは突きつけられているのだろう。またこの女から殴られれば、ナイフで刺された時よりも酷い事になる。下手すれば死ぬかもしれない。


 ――だけど。

 僕の女に対する恐怖心アルスは、既に怒りファルスによって塗りつぶされている。


 僕は心の中で『ラブインバース』と唱えた。


 すると右手の甲に感じていた熱さが一瞬スッと引き、それが血流のように体内を抜けて僕の首元からアエラの手に移ったような感触があった。


「フン……先ほどからいったい何を笑っているんですの? ペットのくせに生意気ですわ。この場で処分してしまいましょうか」


 アエラの悪意に満ちた言葉と共に、首を絞める力が増す。単に息ができないだけではない。食道が圧迫されて、さっき吐き出した残りがまたせりあがってきた。


 臆するなよ、ファルス。

 ここからが勝負だ。


 ラブインバースの発動条件には、『魔力に応じて効果の発動に遅延が発生する』というのがある。

 アエラの種族はエルフだ。恐らく膨大な魔力を有しているはず。たぶん効果の発動には、どんなに短く見積もっても最低数時間はかかる。

 その間、僕は『こいつから敵意を引き出しつつ生き残らなければならない』。

 中々の難事だが、やりがいはありそうだ。なぜならラブインバースさえ発動すれば、目の前のクソエルフはそれまで僕に対して抱いていた嫌悪のぶんだけ僕を愛するようになってしまうからだ。

 愛する男の言うことに女は逆らえない。


「……僕が死んだら、お金貰えなくなるぞ……ッ!!」


 だから、時間稼ぎに僕がそう言った、まさにその時だった。


「ッ!!!??!??」


 アエラの表情に変化があった。

 急に掴んでいた手を離して、ビックリした顔で僕を見返す。

 氷のようだった目は真ん丸に見開き、口も同様に開いてわなわなと震えている。ほっぺたも紅潮していた。視線はあっちこっちに飛んで、僕の顔をまっすぐに見られない。


 恋の表情だ。

 それも


 まるで運命の人にでも出会ったみたいだった。直前までの冷酷だった彼女の面構えはどこへやら、一瞬で溶けてなくなってしまう。その生の肩越しに香る乙女の香りにも、甘酸っぱいものが含まれつつあった。これぞ乙女の性臭。さっそくアエラのメス肉本能が僕を求めてしまった結果だろう。彼女は今や完全に僕をイケメン認定している。


 ……。

 でも、なぜ?


 我ながらすごい威力だとは思う。エリス以外に使うのは初めてだけど、これほど効果があるとは思わなかった。


 相手の胸倉を掴んで首絞めるぐらい僕の事が嫌いになっていたアエラは、その嫌悪感が反転して僕が好きになったようだ。まさに自分で自分の首を絞めている結果だ。


 だけど僕の予想では、それに至るには最低でも数時間はかかるはずだった。なのに使ってから発動まで1分かかってない。ラブインバースに致命打クリティカルがあるなんて話は聞いてないから、どんな時も必ず発動条件に沿った形で効果が現れるはずなのだ。


 その理由は幾つか考えられる。


 まず一つ、アエラがラブインバースに気付いている可能性。それでわざとかかったフリをしているというものだ。

 でもそれなら何故、かかったフリなどするのだろうか。ラブインバースの効果を知ってる女が僕の接近を許すとは思えない。だからこの可能性はゼロ。


 ならば答えは1つ。

 こいつ、実は魔力めっちゃ低いのか?

 思い当たるフシは幾つかある。まずエルフなのに拳士なんてやっている点。確かにすべてのエルフが魔法使いというわけではないが、種族としての素質値というものがある。


 エルフは敏捷性には優れるものの、筋力が低い。だから仮に身体能力に自信があるにせよ、普通なら生まれ持った魔力を活用できる【魔法剣士】になるのが通例だった。


 それに髪の色も気になる。

 この世界では基本的に魔力の強い生き物ほど体毛の色が濃い。例えば賢者プリムがそうだ。あいつは濃いピンク色をしているけど、それはあいつの魔力がずば抜けて高いから。女神エリスだって燃えるような赤色だった。エルフなら大抵濃い金髪か銀髪だ。


 それが、アエラの場合は白抜けた金髪ブロンドミルク。こんな髪の色をしたエルフは見たことがない。もしかしたら元々あった魔力が抜けてこんな色になっている可能性がある。それなら拳士をやってる理由も頷ける。


 でも、どうして魔力がなくなったのだろう。


 1つ思い当たるのは、アエラが人里近いこんな場所に居ることだ。通常はあり得ない。なぜならエルフ族はその美麗な見た目ゆえ、人間や魔族といった亜人族に愛玩目的でさらわれる事が多い。かつ膨大な魔力を有することから、ドラゴンのような大型のモンスターにも好んで捕食される。だから基本的には自分たちの故郷である深森から出て来ない。お転婆皇女の忍び旅というのも一応考えられるが、それだとしても盗賊の出るような場所をウロチョロしないだろう。万が一アエラの身に何か起これば国際問題に発展しかねない。


 そこから導き出される僕の結論は、次の通り。


『ひょっとしてアエラは追放された身なのでは?』


 大罪を犯したエルフは、その魔力を根こそぎ奪われて放逐されるというのを聞いたことがある。


 魔力はエルフ族の命といって過言じゃない。だから国家に関わる犯罪でもしなければ追放刑には処されないのだが、僕にあれだけの仕打ちをしたこいつなら、それぐらいの罪を犯していてもおかしくはないだろう。皇女であるアエラが帝国を追放されるなんてよっぽどの事情があるんだろうけれど、そんな事はどうでもいい。


 魔力ゼロのエルフとか、まさに僕のために居るような存在じゃないか。


「フ」


 ニヤリと微笑む。

 混じりっけなし百パーセント、悪意からの笑みだった。

 さあ、復讐の始まりだ。


「ヒッ!!?」


 僕にその笑みを向けられると、アエラは鉄板に頭でもぶつけたような顔でズザザッと椅子の上を後ずさった。


 僕を嫌ったからではない。

 高鳴る胸の鼓動を押さえられなくなったからだ。その事実に自分で驚き、未知の感情に怯えて裸の肩を押さえている。


 そんなアエラの傍に僕はすり寄った。

 右手で脇の下のくびれを二度、三度と擦ってやる。すると、乾いた薄生地のドレスシャツ越しに柔い肌の弾力が伝わってきた。思ったよりも冷たい彼女の体温が実に心地よい。

 そして、


『ラブインバース』。


 今一度唱える。スッと熱の引く感覚。それからゴウッと腕中の血が抜けていくような感触があった。行きつく先はアエラの脇腹。


「……ァッハァッ……!!!!?!?」


 抵抗は全くなかった。くすぐったいのか、それとも劣情からくる羞恥のためか、小刻みに肩を震わせながら歯噛みして耐えている。


 これも学生時代に剣術学校で習った事だけど、脇の下は急所だ。攻撃されれば致命傷になる内臓神経その他がたっぷり詰まってる上、皮膚が薄い。だから武術を嗜むものなら、例え身内にだって触らせたくない部位である。


 それをどこの馬の骨とも知れないゴブリンもどきに好きにされてしまっているのだから、この上ない嫌悪感となるだろう。皇女のプライドが更にそれを加速させる。


 従って今この瞬間も、アエラの中では僕の株が超急上昇。まだラブインバースの神聖液スペルマによって汚染されていない心の奥底部分が『触らないでくださる!? この変態劣等種!!』って叫んでるんだけれど、それが表層に上がってくる前に『もっと触って劣等種の素敵なお兄様あああぁ!!!!』って変換されちゃってるわけだ。


 超楽しい。

 クズな僕の嗜虐心が満たされていく。


 僕は更に、めくったドレスシャツのお腹部分に手を伸ばし、ヘソの辺りを擦りながら上方に動かした。といっても狙いは胸じゃない。急所であるみぞおち(胸の真ん中にあるくぼんだ部分)を人差し指と中指でグニグニ押してやるのだ。このまま指を突き入れれば、横隔膜を圧して窒息死させられるだろう。


 だらしない。


 今やアエラは父親の愛撫に身を任せている幼女も同然だった。全身の筋肉も弛緩しきって、僕がみぞおちを押す度に「ふっふっふっ」と間抜けな息を吐き出している。

 僕がその気になれば、いつでもアエラを殺すことができるだろう。

 圧倒的な優越感が、僕の歪んだ心を満たしていた。


 元近衛騎士団副団長を瞬殺したアエラでさえこのザマだ。

 この調子でにっくきプリムも堕としてやろう。即堕ちさせた後は自分で自分の破滅を願わせてやる。


 さて、例のラブインバースだけど、僕に対する愛情の進度には次の5段階があった。


 ステージ1 知己レベル。 僕に対する緊張や警戒を解いてくれる。

 ステージ2 友達レベル。 頼み事を聞いてくれる。仲間にするならこのレベルから。

 ステージ3 恋人レベル。 頼み事をすれば断れない。奴隷人生の始まり。

 ステージ4 ガチ恋レベル。僕の事を理解し、心から尽くしてくれる。

 ステージ5 メス奴隷。  いいなり。僕だけのために人生を捧げてくれる。


 みぞおち弄られたのがよっぽど堪えたんだろう。

 今のアエラは見たところステージ4ってところだ。


 時折僕を見る目が明らかに潤んでいるし、体も小刻みに震えてる。まるでイッた時みたいに。


 この様子じゃ、頭の中ではとっくに僕とセックスしまくってるだろう。メスはイケメン判定した男の前だと即ドスケベになるから。村で僕が片思いしてた女もそうだった。だから、仮に今僕が告白したとすれば即座にオーケーしてくれるはずだ。


 まったくチョロすぎて笑ってしまいそう。


 ていうか笑ってる。『卑怯で下劣な劣等種ニンゲン風情』とかって散々男を見下していた優越種アエラを好き放題にしてるこの状況が、おかしくってたまらない。これからこいつをどうしてやろうか。


 ……よし。それなら『アレ』をやろう。


 僕は今回の復讐に『ある方法』を試すことにした。

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