第十七章 復讐開始4~もう一人の詐欺師~

 ――ファルス視点――



 あれから一か月近くが経った。


 毎日のようにプリムがやってきて、僕をいたぶる。隣には御者も居て、僕がいたぶられる度に彼が悲痛に泣き叫ぶ。するとプリムが逆上して今度は御者をいたぶり、僕がそれに異を唱えてまたボコされる。その繰り返し。


 そういえば一度、プリムがコップ一杯のジュースを差しいれてきた事があった。それがなんだか白く濁っているので尋ねると、僕が死なないようにミルクを混ぜたという。気持ち悪いのでもちろん拒否したけど、むりやり体を【レビテーション】で抑えられて飲まされてしまった。特別体に変調を来さなかったけど、心配である。御者もケツに綿棒突っ込まれたとか言ってたし、ホントあの賢者のやる事はえげつない。


 だから、もしも毎日生えてくる薬草が無かったら僕も御者もとっくに死んでいただろう。しかも薬草は毎日生えてくるので、その数で捕まってからの日にちまで解る。【薬草採取Ⅱ】大活躍だ。念のためにもう一つ別のスキルもセットしてあるけど、そっちは使わないで終わるかもしれない。


 そういう訳で近頃はむしろ体調がよかった。有り余った時間を活用して筋トレをし、なまった体を鍛えている。もちろん脱出の時に備えてだ。


「御者」


 僕は、隣の牢でうつ伏せになっている御者に話しかけた。


 彼は起き上がると、「はい……」僕の方に這いずってくる。


「大丈夫、じきに僕が逃がしてあげるから。屋敷も財産もみんな取り返してあげる」


 僕はそう言って御者を勇気付けた。


「……そう、ですか……」


 だが御者は喜びもせず、ただ頷いただけでまた床に寝そべってしまった。


 きっと体力が落ちたせいで気分も落ち込んでいるのだろう。

 僕の言葉も気休めに聞こえたに違いない。


 だけどその話は嘘じゃなかった。なぜならタイムリミットが近い。僕の計算では、次に夜明けが来た時プリムは僕の女になる。この一か月毎日責められ続けて、溜めに溜めた神聖液をぶちまけるその時が近づいているのだ。


 なんて思ったその時だった。


 突如として地下牢内に硬いブーツの足音が響く。この足音はプリムだ。


「ファ~ルスッ! 元気ぃ~??」


 プリムはいつものピンク髪サイドテールに丈の短いミニドレス姿で、背中に魔法杖を背負っていた。片手に氷の魔法で小さな鏡を作って、それで自分の前髪を調整しながら小走りに近寄ってくる。


 明らかにいつもとは雰囲気が違った。

 実に嬉しそうである。何かイイ事でもあったのだろうか。


「あたしんちに来てもう一か月だね!? 毎日イビられてる気分ってどう!?」

「最高だよ」


 本音だった。

 もうすぐお前が僕のモノになるんだもの。


「ふふ。なら良かった! でねー、今朝の調教だけど……ッ!!?」


 ドッカァアアアアアアンッ!!!


 プリムが言いかけた瞬間、突然地下牢の天井が落ちてきた。「ぶげぇッ!?」プリムは降りかかる瓦礫の中に消える。すぐに飛び出してこないところを見ると、気絶しているのか。


「ご主人様!? ご無事ですの!?」


 モクモクと上がる土埃の中、そこに佇んでいたのは1人の少女。

 瀟洒なドレスシャツに身を包んだ金髪ロングヘアーの優越種エルフ、アエラだった。


「無事だよ。よく来てくれたねアエラ」


 土埃が収まるのを待って、僕は言った。するとアエラが色っぽい目で僕を見てくる。ツカツカとブーツのカカトを鳴らしながら僕の傍まで歩み寄るとヒシ、僕に抱き着いてきた。懐かしい乙女の香りローズマリーの香りが鼻を突く。


「わたくし、お言いつけ通りに助けに参りましたわ! で、ですからご褒美を……ッ!」


 そう言って、アエラが僕の唇にむしゃぶりついてきた。積極的に舌をねじ込んでくる。


 どうやら僕がいなくて大分切なかったらしい。

 たまにはご褒美を与えてやろう。


 僕も舌先を押し返すように自分の舌を押し入れ、思う存分蹂躙してやった。

 アエラは僕の唾液を啜る様に飲み込み、細腰を押しつけてくる。


「アエラ、残りは後だ。逃げるよ」


 僕があっけなくそう言うと、「か、かしこまりましたわ……残念ですけれど……!」アエラは名残惜しそうに口元をレースの手袋で拭いながら、僕から離れた。


「御者。君もだ。一緒に逃げよう」


 言って、僕は半ば土砂に埋もれつつあった御者の体を抱き起した。だけど彼は自分で立ち上がろうとしない。状況が解っているのか、アエラも黙って見ている。


「ダメです……私は、行けません……!」


 力なくそう言って、しゃがみこんでしまった。


「どうして?」


 僕は優しく尋ねた。


「私、プリムさまの事をお慕いしておりますから」

「……なんですって?」


 御者がそう言った瞬間、アエラが驚きの表情で独り言ちた。


 それはそうだ。金も名誉も屋敷も奪われた挙句、度重なるリンチで御者の体はボロボロ。全身いたるところで内出血を起こしているし、あれだけ肉々しかった体もすっかりやつれて元気がない。前歯も折れてる。それほどの暴力を振るわれているのに、なお相手が好きだなんて言えるはずがない。そう考えるのが普通だ。


 だけど僕は驚かない。


 彼は信じたいんだ。初めて自分の愛に応えてくれた女性を。

 そのために自分を欺こうとさえしている。

 そんな気持ちが解るからこそ、僕は彼に辛い現実を突きつけなくてはならなかった。


「御者。それは違うんだ。そもそもキミはプリムを愛してない。ただプリムだけが自分に優しくしてくれたから、彼女を失いたくなくて無理やり好きだと思い込もうとしてるだけなんだ。キミは弱くて寂しい人だからね。孤独の絶望に耐えられないから、ついそんな風に考えてしまうんだよ」


 僕がはっきりそう言うと、御者も不安そうな目で僕を見返してきた。

 どうやら彼も解っていないではないらしい。

 いい兆候だった。

 これが解っているなら彼は賢い。

 以前の僕よりは遥かに救いようがある。


「解っているなら現実を見なよ。プリムが君を愛してくれると思う?」


 御者は黙って首を左右に振った。


「よし。じゃあ質問を変えよう。だれが君を愛してくれる?」


 言って僕は微笑んだ。彼は戸惑った様子で僕から目を逸らし、牢屋の脇に山と積まれた薬草の残骸の方に目を向ける。


 それから改めてこちらを向く。僕の傍らに立っているのはアエラ。彼女は無言でコクリ頷くと、その長い金髪を片手でサッと掻き上げた。そして遥かな高みから相手を見下ろすようなあの目つきで、


「フッ。仕方ありませんわね。わたくしのケツ穴で宜しければ、その下等で下劣な欲望を慰めて差し上げなくもありませんわ。ただし代金は1発につき1万ゴールド。お代はエルフィニアン大使館あてに小切手を送ってくだされば結構ですわ」

「アエラ、てめえは黙ってろ」


 僕が半ギレして言うと、アエラがぎょっとして「なッ、なぜですのご主人様!? まさかまた銅貨一枚チップ代とかおっしゃるおつもり!?」懐かしい事を言い出す。

 そんな事もあったな。


「で、どうなの? 自分がどうするべきか理解できた?」


 僕は仕切りなおした。御者はこびり付いた血にカビが生えた牢屋の壁を見るとしばし黙った。

 そして、


「あ……ありがとう、ございます。でも私……ファルス閣下にしてしまったことを、どう責任取れば、いいのか……!」


 カサカサの二の腕を擦りながら言った。

 まだそんな事を気にしてるらしい。


「責任? あー、御者さあ、悪いけど僕、クズだから。御者が裏切るのも最初から計画のうちだったんだよ」

「え……!!?」


 僕のそれを聞くと、御者はビックリして後ずさった。


「御者がヴェルノラ卿って事も知ってたし、その屋敷にプリムが出入りしてるってのも知ってた。しかもレストランで話してる時の御者はソワソワしっぱなしだったからね。これはたぶん脅されてるな、って思ってたんだ。だから捕まったのも全部計画通り」

「そ、そうだったんですね……さすが閣下、私ごときの及ぶ所ではございませんでした」


 御者は何度もその汚いオーク面を持ち上げて、僕の顔を見ようとした。だけどまだ後ろめたい気持ちがあるのか、一向に頭が持ち上がらない。


 僕は彼の言葉を待った。


「……その……もしよろしければ、私……ッ!」

「私?」

「ふぁ……ファルス閣下のご奴隷にならせて頂いてもッ、よろしいでしょうかッ!!!」


 御者が突然大声を出して言った。顔も真っ赤だし、まるで告白してるみたいに見える。


「ご奴隷はダメだな。部下ならいい」


 僕はあざとく言った。御者同様に血のこびり付いた右手を差し出す。


「僕はプリムとは違って利用するだけじゃないから。キミが僕の役に立つなら、必ず相応の対価を与えるよ。差し当たってはそうだな、一緒にプリムに復讐するっていうのはどう? ヤることヤッた後ならセックスサンドバッグとしてプレゼントしてあげてもいいし」

「は……はい……ッ! ファルスさま! 私、一生ファルスさまにお仕えさせていただきますッ!!!」


 僕が愛嬌たっぷりに提案してあげると、御者は喜んで僕の手を取ってくれた。


「うっ……ぐずぐずっ……ええ話ですわぁ……!!!」

 隣ではアエラが胸ポケットからハンカチを取り出して、目元を拭っている。


 ……。

 いい話か?

 詐欺師が別の詐欺師プリムからカモを奪ったってそれだけなんだけど。

 まあアイツと違って功績には報いてやるからな。その方が主従関係長く続くし。


 なんて僕がゲス顔で思っていると、


「うッうッ……ファルス閣下、アエラお嬢様……お2人共本当にお優じくて……私……ッ!!」


 僕らの茶番劇に、御者が出会って以来初めて自然な笑顔を見せてくれた。


 そんなんだから騙されるんだよ。まったく。

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