第23話 記憶(※3行程度加筆有り)
「聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「貴方はどれくらい知っているんですか?」
「君が覚えていないことなら、なんでも」
――俺が覚えていない、か。
知らないことじゃないのだ。この人が知っていることは。
「私からもいいかい?」
「なんですか?」
「君はどれくらい思い出せた?」
「……何のことですか?」
「最近、覚えていない代わりに、鮮明になっていく記憶がないかい?」
心臓の鼓動がまた速くなる。
「前に話してくれたような、君じゃない君の話」
「……」
「他に思い出したことは?」
「……」
ありますと言えばいいのかもしれない。
だけど、それだとなんだか、
「名前は?」
「え――」
「誰でもいい。名前を思い出せたかい?」
名前?
「俺の名前は勇者ですか……」
「違う」
間髪入れずに否定された。
「それは固有名詞であって、君自身の名前じゃない」
「何言っているんですか。俺の名前は昔から――」
――あれ?
言いかけて、止まった。
俺は勇者になる前、なんと呼ばれていた?
記憶が辿る。
そして、勇者になる前、なんと呼ばれていたか思い出す。
「……『子供』?」
それが俺の名前だったと思い出し、また違和感だけが膨らんだ。
確かに俺は子供だと呼ばれていた。この名前に不自然はない筈だ。
同時に気付いたことがある。
俺以外にも村には『子供』がいた筈だ。
俺が『子供』だとすれば、他の子供との名前の見分けがつかないじゃないか。
他の子供も『子供』と呼ばれていたのだから。
――他は? なんと呼ばれていた?
記憶を辿れば、次々に『名前』を思い出す。
村人は『村人』と呼ばれていた。大人は『大人』と呼ばれていた。
商人は『商人』と呼ばれていた。画家は『画家』と呼ばれていた。
学者は『学者』と呼ばれていた。貴族は『貴族』と呼ばれていた。
女性は『婦人』、『女性』と呼ばれていた。
夫婦なら夫なら『夫』と、妻なら『妻』と呼ばれていた。
他にも、他にもと思い出せてしまう。
名前を覚えるのは簡単だ。
単語を、その人物に当てはめればいいだけだ。
その件に何の違和感も覚えていなかった自分に、初めて違和感を覚えた。
「この世界に名前なんか存在しない」
錬金術師は断言した。
「あったとしても、その人物に当てはまる職業や性格、単語を当てはめればいいだけだ」
「……」
「そもそも『名前』と言う概念がこの世界にあるかどうかすら分からないけどね」
「……貴方は、」
勝手に声は震えている。
「貴方は何を知っているんですか……?」
「君が覚えていないことを」
錬金術師。いや、目の前にいるその人は俺に向かって言った。
「ここは君の為の世界。だからこの世界には『名前』が存在しないんだよ」
「名前がない世界?」
「そうだよ、君は君自身の名前を嫌っていたから」
「……俺が望んだから、そうなった?」
「そうだよ」
「……」
淡々と肯定される反面、俺は混乱してばかりだった。
「……可能なんですか」
人を生き返らせることどころか、世界から名前をなくすなんて、
「望んだだけで、世界を書き換えるなんて、」
「普通は不可能だ」
「なら、」
「だけど、この世界では可能だ」
穏やかに、冷静に説明されていく。
「君が望むだけで、この世界は君の好むように変わっていく」
「……都合がいいですね」
「この世界は君を中心に動いているからね」
俺が望まないことは極力しないと、苦笑い気味に付け加えられる。
「……この世界は、一体何ですか」
「それは……」
何かを言いかけて、ピタリと止まった。
「……? どうかしましたか?」
「申し訳ない。話せないみたいだ」
「……え」
首に手を当てる仕草に、魔女の姿が過ぎった。
「声が出なくなったんですか」
「いや、制限をかけられただけだよ」
「制限?」
「ああ、この世界に」
「……? どういう意味ですか?」
「今話しかけたのは、この世界にとって都合が悪いことだ」
だから話せないと、彼は言った。
「どういう意味ですか」
「この世界は君にとって都合が悪いことを排除する仕組みになっている」
「……俺にとって」
「あくまでこの世界基準で、君の意思は関係ないけどね」
意味が分からない。だけど、それだと、
「貴方はまるで、世界が生きているように言うですね」
「ある意味ではそうかもしれない」
「……?」
「申し訳ない。この世界の仕組みは話せても、この世界の正体は話せない」
「正体……」
「ああ、そうだ」
話せないことが多い。本来なら疑うべきなのに、俺は全く違った。
「なら、話せることは何ですか?」
「魔女のことだね」
「彼女のことですか?」
「ああ、そうだ」
「なら、教えてください」
俺は彼に向かって言った。
「彼女は一体何ですか?」
「……君を守る為の存在」
彼は俺に言った。
「彼女は君を守る為に、声を失った、ただの女の子だよ」
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