第10話 葛藤

「今日は何食べる?」

「夕飯入らなくなるだろ」

「入ったら問題ないでしょ?」


 屈託なく答える『君』に、『俺』はため息を吐いた。


 夕暮れ時の帰り道。

 俺の前を歩く『君』の姿は、絵になるほど綺麗だった。


 だからこそ、余計に解せない。


「なんで買い食いの話してるんだよ」

「お腹がすいたからに決まってるでしょ」


 独り言に返事を返してくれる『君』。

  

 ――他愛ない会話だった。


「『   』は? どうしたい?」

「俺は……」


 ――君ともう少し歩いていたい。

 そんな本音を呑み込んで、『俺』は『君』に話を振った。


「じゃあ、何食べる?」

「そうだな……」


 黒髪が揺れた。


「じゃあ――」


 あの時、『君』がなんて返してくれたのか。

 覚えていない。


 覚えていないけど、たぶん『俺』は、

 『君』が笑ってくれるならなんだってよかったのだ。



* * *



「勇者!!」


 はっと目を開けたら、魔法使いの顔が飛び込んできた。


「よかった……」

「まほう、つかい?」

「私以外に誰がいるの」


 言い方は気丈だが、どこか覇気がない。


「ここは?」

「病院。勇者、あの後倒れたから」

「あの後……」


 鸚鵡返しで、記憶を辿る。

 そうだ、俺達は魔女と魔獣に遭遇して、それから、


「剣士」


 屈託なく笑う仲間の名前が脳裏を過ぎり、


「剣士、そうだ! 剣士は!?」


 勢いよく上体を起こし、魔法使いに尋ねたが、


「……」


 魔法使いは悲痛な顔つきで、静かに首を横に振った。


「……そう、か」


 それ以外何も言えなかった。

 実感も湧かない。


 目の前で仲間を失った衝撃が大きすぎたのだ。


「……ごめん」

「え?」

「ごめん、勇者」


 突然、魔法使いが謝罪の言葉を口にした。


「なんで魔法使いが謝るんだよ」

「だって、勇者言ってたでしょ。――『危ない』って」


 斬りつけられたような痛みが走った。


「あれ、魔女の攻撃が読めてたからでしょ?」

「……」

「なのに、私も剣士も勇者の意図に気付かなくて」

「……」

「ごめん、勇者、剣士のこと守れなくて」

「……」

「勇者?」


 黙り込む俺を怪訝に思ったのか。

 魔法使いは俺の名前を呼んだ。


「……謝るのは、俺の方だ」

「勇者?」

「俺が、悪いんだ」


 震える声と言葉をどう受け取ったのか。


「……葬儀は、今日の夜だって」

「……」

「また、来るから」


 魔法使いは病室を後にした。


「……っ」


 痛いほどに拳を握り締めた。


「なんで、」


『危ない!!』


 自分の言葉を思い出す。

 魔法使いは勘違いしている。


 あれは剣士に言ったわけじゃない。

 ――魔女に対して言ったのだ。


 訳の分からない衝動に突き動かされ、

 気付けば、叫んでいた。


「何やってるんだ、俺は……」


 訳が分からなかった。


 魔女と目が合った時だってそうだ。

 発狂したように叫んで、魔女の顔が頭が離れなかった。


 ――言い知れない感情に呑まれそうな気がして、

 得体の知れない恐怖心を覚えた。


「……っ」


 気を抜くと、またあの感情に呑まれそうだった。


 なんでなのか、分からない。

 分からないのに、俺は多分、


『危ない!!』


 魔女に危険を知らせた。

 そのことを全く後悔していない。

 

 俺はそんな自分が怖かった。

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