第9話 牙

「……」


 無言のまま、赤黒い瞳がこちらを見ている。

 そこには何の感情も宿らず、何を考えているのか。

 全く窺い知れない。


「どうして、」


 声が震え、剣を落としたことにすら気づかない。


 目の前にいるのは、別人だ。

 分かっている筈なのに、


『勇者様』


 銀色の髪、紅の瞳を持つ少女を思い起こさせ、

 脳が思考を停止している。


 まともに考えられる余裕がない。


 それぐらい俺は『魔女』から目が離せなかった。


「……」


 魔女は何も言わず、片腕を振り、虚空を切る。


「グルルアアアア!!」


 直後、魔獣達が一斉に動いた。


「勇者!」


 魔法使いの呼びかけと同時に、俺は無理矢理腕をひかれた。


「!」


 魔獣達の牙が俺の喉元を引き裂く寸前。

 俺は魔法使いの結界に引き込まれた。


「馬鹿!! 何やってるの!」

「あ……」

「相手は魔女よ!! 聖女様じゃない!」


「……分かってる。悪い」


 剣を手渡され、俺は握り締め、呼吸を整える。


「……」


 魔獣達は牙を剥き出し、唸り声をあげている。


 魔女は何をするでもなく、

 こちらをじっと見つめている。


 ――俺を見ている。


 直感だが、何故かそう思った。


「……」


 魔女が一歩、足を踏み出した。


「余所見している場合か!」


 いつの間にか、剣士が魔女の背後を取っていた。


「もらった!!」


 大剣が、魔女の首を掻き切る直前、


「危ない!!」


 俺は咄嗟に叫んだ。


「……」


 魔女の手が剣士の剣に触れた。


 瞬間、大剣が砕け落ちた。


「……は?」


 何が起きたのか。


 剣士の間の抜けた声が聞こえた。

 そんな隙すら、魔女は見逃さない。


「……」


 魔女は無感情に、剣士を見た。

 何の音もなく、剣士の首が落ちた。


「……は?」


 悲鳴もなく、抵抗すらできず、

 剣士が死んだ。


 魔獣達は魔女に寄り添い、一体の魔獣が剣士の頭蓋骨を噛み砕く。


「けん、し……?」


 魔獣達はこちらに見向きもしない。


「なん、で」


 震える声が喉から漏れ出す。

 それが聞こえたのか、ゆっくりと魔女が振り返り、


「あ……」


 目が合った。


「あ、ああ」


 無表情で、無感情だった魔女。

 その表情が変化する。


「ああ、あああああああああああああああ!!」

「勇者!?」


 俺は発狂した。


 とてもじゃないが耐えられなかった。


 魔女の顔を見た瞬間、訳の分からない感情が駆け巡る。


「ああああああああああああああああ!!」


 頭を抱え、蹲り、

 それでも脳裏から魔女の姿が消えない。


 魔女は俺と目が合った瞬間、

 泣き出しそうな顔で笑っていた。

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